バークレー日記

山岡政紀(YAMAOKA Masaki)


Jul/11/2005  セイザー・タワー


 展望台からの広々とした景色はなぜこんなにも美しいのだろう。バークレーの街を歩けば、きれいなところもあれば汚いところもある。庭園の花のかぐわしさ もあれば、生きようとする人々の生臭い臭いもある。しかし、この展望台にはそんなちっぽけなものたちはまったく見えず、一つの美しさだけが見える。

 セイザー・タワーはUCBの象徴である。キャンパスの中央にそそり立つこのカンパニレ(鐘楼)は、バークレーの街のだいたいどこからでもその姿を見る ことができる。もし自分が鳥だったら、どんな景色が見えているのか。そんな夢をかけて人は高い塔を建設していったのだと私は思う。360度を見渡すこの展 望台に登って、わたくしもいま、鳥の気分を味わっている。

 きょうは、SUAを卒業してUCBの大学院に入学する予定のミツを案内し、ジョージを加えて3人でこの塔に登った。わたくし自身にとってはこの塔に登る のは二度目だ。ジョージは懇切丁寧にキャンパス じゅうのさまざまな建物の説明をしてくれる。

 360度見渡せるといってもセイザー・タワーは四角柱の形をしている。北面の窓。左方向にサン・フランシスコ湾に面してそこだけ隆起した奇怪な地形とも 言うべきアルバニー丘が見える。わたくしのアパートもこの方角だ。よくは見えないがだいたいあのあたりだとわたくしは指さした。すぐ目の前にはUCBの建 物群のなかでは唯一殺風景な近代建築物が見える。それもテクノロジー関連の学部の校舎だそうだ。校舎としては群を抜いて高いが、それでもこの展望台からは 見下ろして見ることができる。<北面の窓から>

 東面の窓。小高い丘が見えて視界はさほど広くない。巨大なフットボール競技場、学生寮であるスターン・ホール、外国人留学生寮であるインタナショナル・ ハウスなどが見える。よく見ると小高い丘のかなり高いところにはローレンス・ホール科学館が見える。<東面の窓から>

 南面の窓。すぐに手前には風変わりな形の大学美術館が見える。有名な演奏家のコンサートも開かれるゼラバック・ホールもその平べったい屋上の広さが目 立っている。そして両者の間を一本の大きな通り、テレグラフ・アヴェニューがまっすぐ伸びて、オークランド市街の高層ビル群までつながっている。<南面の窓から>

 そして、西面の窓。最も広々と見えるこの景色が最も美しい。手前には碁盤の目のバークレー市街。二棟だけそそり立った高層ビル。その向こうには湖のよう に四方を陸地に囲まれたサン・フランシスコ湾。自然の神秘とも言うべきこの地形の到るところに人類が築き上げた建築物がうまい具合に配置されている。はる か向こうではあるが、金門橋(Golden Gate Bridge)が鮮やかに浮かぶ。たった2本の橋脚から強固なケーブルでつられたダイナミックなつり橋。その真紅の横顔が見える。あの橋の向こうは太平洋 だ。金門橋の左側にはサンフランシスコ半島にそそり立つ高層ビル群。人類が造りあげた巨大な大都会だ。そして、その左側からは、サンフランシスコ市街と、 手前側の岸のオークランド市街の二つの高層ビル群を結ぶように二層構造のベイ・ブリッジが長く横たわっている。いっぽう、金門橋の右側に見えるマリン半島 には都会らしきものは見えず、ゴツゴツした岩の塊のようだ。<西 面の窓から>

 いかに広い大地のうえにわれわれは立っているのか。われわれの目はいかに遠くまでを見渡すことができるのか。あの大きな大きな高層ビルディングも、あの 巨大な橋も、コンパクトに雄大な景色のごく一部となっている。展望台の景色はわれわれの肉眼を、雄大なる境涯の慧眼へと変えてくれるように思う。

 展望台の中央にはカリヨンの演奏室があり、なかには巨大な鍵盤と天井の鐘とをおびただしい数のワイヤーが結んでいるのが見える。ふと天井を見上げると、 大小の鐘が無数に折り重なるようにつり下げられているのが見える。その光景には威厳があった。

 音楽好きのわたくしだが、この塔にのぼるまでカリヨンという楽器の存在を知らなかった。ヨーロッパ文化のなかで教会の賛美歌を伴奏するパイプ・ オルガンは、鍵盤が巨大な笛群につながっているが、その笛群の代わりに鐘群を打ちならすのがカリヨンである。素人には演奏できない代物だ。このセイザー・ タワーのカリヨンには専属のカリヨン奏者がいて、毎日三回、決まった時刻にそれぞれ15分間、曲を演奏する。キャンパスを歩く学生たちの頭上から荘厳なる 鐘の音楽を降りそそぐのである。

 欧州では多くのカンパニレにカリヨンが設置されている。このセイザー・タワーもベニスのサン・マルコ大寺院の大鐘楼を模して造られたらしい。このキャン パスは一つ一つの建物がヨーロッパ風の優雅な外観を持っている。その象徴がセイザー・タワーだ。このキャンパスではアメリカではなくヨーロッパにいるよう な錯覚に陥る。同じUCでもロス・アンゼルス校(UCLA)がゴツゴツした近代建築群で、まさにアメリカというイメージであるのと対照的だ。

 サン・フランシスコ湾を囲むベイ・エリアには、少なくとも三つの象徴的なタワーが存在している。このセイザー・タワー、スタンフォード大学のフーバー・ タワー、そして、サン・フランシスコのテレグラフ丘に立つコイト・タワーである。わたくしはこの三つのすべての展望台に、この順番で登った。どのタワーも それぞれにすばらしいが、この三つのなかで最も古く、しかも最も高いのがセイザー・タワーである。

 地階から展望台へのエレベーターに乗るには、2ドルの入場料が要るが、UCBの教授、学生はいつでも無料で登れる。ありがたいことに客員研究員のわたく しも無料なので、この一年間は何回でも登れる。願わくば、UCBの学生たちが学業に行き詰まったらこの展望台に登り、360度をゆっくりと見渡して、広々 とした心をもって自身の使命というものを見つめる、そういう場所であってほしい。乱打されるカリヨンの荘厳な鐘の音は、青年たちを崇高な目標へと導く案内 の音楽であってほしい、そう願わずにはいられない。



 A Comparison of Three Towers in Bay Area
  tower city location founder      completion    feet     meeter
 
Sather Tower Berkeley U.C. Berkeley Jane K. Sather 1914 307 93.6

Coit Tower San Francisco Telegraph Hill Lillie H. Coit 1933 210 64.1

Hoover Tower Palo Alto Stanford University Herbert Hoover 1941 285 86.9

Sather Tower


創価大学ホームページへ
日文ホームページへ
山岡ホームページ表紙へ