山岡政紀 書評集


『教育で「未来」をひらけ 〜創価大の果敢な挑戦ドキュメント』 平尾俊郎著/2013330日発行/毎日新聞社刊/定価1200

Open_the_Future

【概要】
 創価大学は開学以来の40年間に既に6300名を超える教員採用試験合格者を輩出してきた。この人数の多さもさることながら、特筆すべきは、いじめや不登校など、学校現場が抱える諸問題に、正面から果敢に取り組む「人間力」のある教師を数多く学校教育の現場に送り出してきたことである。教育問題が複雑化する現代社会において、創価大学は今や希望の星なのである。本書は、教育や福祉問題を中心に手がけるフリーライターの平尾俊郎氏が、教育界の実状を踏まえた丁寧な取材をもとに、創価大学の教員養成の実績を客観的な視点でまとめ上げており、説得力のある実録書となっている。そこには、創価大学教育学部、教職大学院、教職キャリアセンターの先進的な取り組みや、卒業生現役教師たちの奮闘ぶりが余すところなく記録されている。現在、教育に関わっている人々やこれから教員を目指す若者たちに広く読んでほしいと願う一書である。
 なお、本書では言及していないが、こうした創価大学の教員養成の実績を支える底流に、1930年に牧口常三郎が提唱した創価教育学の理念があることは疑いない。本書に登場する教授陣や現役教師たちにはいずれも共通して、児童生徒一人ひとりの人格を尊重し、可能性を信じ抜く姿勢が一貫している。これこそが教師の「人間力」を支えるものであり、創価教育学の根幹に外ならない。そして、子どもたちを大切に思うがゆえに、彼らは探究と試行錯誤を繰り返す。本書で述べられる「理論と実践の往還」は創価教育学における「智慧と慈悲の融合」でもある。本書はそうした創価教育学の実践的価値を証明した実録書とも言えるだろう。教育の力で、真に希望ある「未来」をひらいていってほしい――この書名に、創価大学の使命が託されているかのようである。

【各章の内容】
 本書はプロローグを含めて9つの章から成り、それぞれが独立したテーマ、登場人物、エピソードによって構成されている。さながら 9つの短編ドキュメンタリー集といった趣である。読者は関心のあるテーマから順に拾い読みしてもよい。ここでは各章の内容とキーワードを簡潔に紹介することにする。(本文敬称略)

プロローグ 子供たちに僕の見た世界を伝えたい  【キーワード】GCP(地球市民プログラム)、海外研修、グローバル人材、交換留学、デラウェア大学

 創価大学には、GCP=Global Citizenship Program地球市民プログラム)というオナーズ・プログラムがあり、東大や早稲田に合格しながら敢えて創価大学に進学する優秀層の受け皿となっている。GCPは学部横断型プログラムで、通常の学部の授業以外に、実用英語能力や数理能力の特訓を受ける。本章では、GCP生として学ぶ宮本勇一(教育学部児童教育学科3年)を取り上げ、小学校教員を目指す彼がこのプログラムとデラウェア大学への交換留学で得た高い語学力や異文化理解を、教育者としてどのように活かそうとしているのかを具に聞き出している。

第1章 “新たな学び”を紡ぎ出す工房になれ  【キーワード】教職大学院、授業研究、指導論研究

 文科省の省令に基づいて2008年に全国で19校 の教職大学院が発足した。その多くは国公立で、わずか4校の私学の一つが創価大学だった。法科大学院と違って修了のインセンティブが乏しい教職大学院は、 その多くが早くも定員割れを起こしている。その中にあって、創価大学の教職大学院が高い水準を維持して成功を収めている経緯を、長崎伸仁研究科長への詳細 なインタビューから明らかにしている。大事なのは「理論と実践の融合と往還」だという。複雑化する教育現場に対応するための授業研究、指導論研究の内容も 本章では紹介されている。

第2章 学校の学びを社会と結びつけて考えたい  【キーワード】総合学習、サービスラーニング、社会参加型学習

 教職大学院の宮崎猛教授は、かつて新米社会科教師として赴任した工業高校で、授業が成立しない学級崩壊の現実から教員生活をスタートした。生徒た ちと格闘しながら試行錯誤を繰り返し、さらに夜間大学院、早稲田大学大学院で教育方法論を研鑽するなど、宮崎は学び続けるなかで、「社会参加型学習」の重 要性に気づき、勤務校の同僚を説得してその導入を図り、成功を収める。それは、生徒の心に社会の一員としての自覚や責任を育む人格育成の効果があったとい う。文科省のいわゆる「総合学習」よりも先行する、より本質的な取り組みが紹介されている。

第3章 創価大学の何が教員を育むのか  【キーワード】教員採用試験、教職キャリアセンター、学校インターンシップ

 創価大学からの教員採用試験合格者は12年連続で200人を超え、累計で6300名を超えている。東京都では小学校、中学・高校ともに合格者数で4位である(平成21年 度)。その合格実績を支える要因がいくつかある。第一に、教員採用試験の情報が一箇所に集約される「教職キャリアセンター」。そこには校長経験者などが担当する「相談室」もある。第二に、教員志望の学生が教育実習よりも前に学校教育の現場に関われる機会として、「学校インターンシップ」を八王子市の公立学校で実施している。また、卒業生の現役教師が生の声を報告してくれる授業科目「教育学特講D」も大変好評である。

第4章 “日本一の教員”になりたい  【キーワード】僻地、離島、飢餓体験授業、ハンガーバンケット

 北海道の離島・天売島から初の四年制大学生が2010年に創価大学に入学した。彼の心に火 を付けたのは創価大学卒の熱血教師・楠本正義だった。教職関係者の間では「創価大学出身の教師は赴任先を選ばない。寒村や僻地にも好んでいく」との噂があるが、彼もその一人で教員採用試験の面接では「いちばん大変なところへ行かせてください」と述べたという。留萌で教員生活をスタートし、様々な苦闘を経て天売島に赴任。JICAの教職員海外研修に参加したことを契機に、飢餓体験授業(ハンガーバンケット)を発案。周囲を説得して実行し、生徒たちに予想以上の学習効果を与えることに成功した。

第5章 教育とは愛情を注ぎ続けること  【キーワード】発達障害、特別支援教育、特別支援学級ボランティア

 2007年に学校教育法に「特別支援教育」が位置づけられてから、障害のある児童が普通学級にも在籍するようになったため、教師を目指す人は全員、障害児教育について学んでおく必要が生じてきた。自閉症やアスペルガー症候群などの発達障害を持つ子供は小中学生の6.5% に上るという。教職大学院でこの分野を担当するのは長島明純准教授。彼は当初、北海道の小学校に勤務するが、障害児の子たちと向き合うなかで臨床心理学の研鑽の必要を痛感し、兵庫教育大学大学院で学ぶ。北海道に戻ってみると、特別支援学級への転勤命令が。障害児と関わる中で彼らから教わるものがあったという。そうした経験を踏まえて現在担当する授業科目「特別支援教育」では、座学に留まらないよう、学生に特別支援学級ボランティアへの参加を勧めている。

第6章 アクティブ(能動的)な子供たちに育てよう  【キーワード】東日本大震災、防災教育、避難所塾、復興支援ボランティア

 東日本大震災の発生から50日後、創価大学の学生・教職員から成るバス3台のボランティア隊が、車内2泊 の強行軍で被災地を訪れ、石巻市災害ボランティアセンターと連携して被災家屋の泥出しや瓦礫撤去の手伝いをした。ボランティア精神の高さは創価大生の特長 だが、震災発生直後の避難所にも一人の創価大ボランティアがいた。それは前年に創価大学教育学部を卒業して地元で塾講師をしていた菊地奈々美だった。彼女は避難所生活で学校に行く目途が立たない子どもたちに勉強を教え始めた。次第に子どもたちが増えてさながら「避難所塾」となった模様は、地元の河北新報に も報道された。彼女自身が石巻市内の自宅を津波に流された被災者だった。その後、石巻市教育委員会は教員が不足する市内の小学校の非常勤講師を菊地に要請。戸惑いながらも被災地の子どもたちのために日々奮闘している。

第7章 “特色ある教育”を求めて  【キーワード】通信教育部、小中一貫教育、コミュニティ・スクール

 創価大学は教育学部開設と同じ1976年に通信教育部(通教)を開設した。通教からは既に2700名 もの教員採用試験合格者を輩出し、そのなかから校長も生まれている。工業高校卒で施設営繕をしていた宗像武彦は向学心やみがたく、仕事をしながら通教1期生に。そして教育学部への編入を経て教師となり、今は公立の小中一貫校の校長を務めている。宗像の学校は文科省から「コミュニティ・スクール」の指定を受 けて、地域とのつながりをフルに活かして魅力ある学校づくりを図っている。具体的には、地域にいるスポーツ関係者の力を借りて部活を活性化させた。学習面 では総合学習として、スクールファームを作って子供たちに野菜作りを体験させたり、地域の老人ホームで介護福祉士の仕事を見学させたりした。更に彼は今、 小中一貫校校長による連絡会を立ち上げ、一貫校の教員養成のあり方など、この分野をリードする取り組みを続けている。

第8章 教育行政の立場から学校教育を考える  【キーワード】教育行政、教育委員会、指導主事

 教員の世界でのエリートコースは、教育の現場を離れて監視役の教育委員会に移り、指導主事となることだそうだ。創価大学6期の冨士道正尋は1996年、卒業生第1号の指導主事となり、その後、東京都教育委員会の中核として16年務めたが、2011年から世田谷区立太子堂中学校として現場に戻った。教育行政から現場に戻るのは珍しい例だという。だが、もともと冨士道が指導主事試験に挑戦したのも、エ リート志向だったわけでも現場を離れたかったからでもなく、自分の経験を活かして行政の側に回り、他の教員たちにも刺激を与えながら、現場を活性化させて いきたいとの思いからであった。だから、行政の側にいたときもその現場感覚を忘れたことはなく、現場の教員たちに様々な研修の機会を与えて向上を促して いった。すべては子どもたちのためだった。そうした思いを今、冨士道は校長として伸び伸びと実行に移している。全校生徒との面談実施、学級担任複数制、防災教育としての「サバイバルキャンプ」、同地域の太子堂小学校6年生に対する「1weekプレ中学生」という交流プラグラムなど、さまざまな斬新なアイデアの導入は注目を集めている。また冨士道は、このように現場から学び、確たる根拠をもって対応していける優れた教員の育成機関として、教職大学院に大きな期待を寄せている。


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