山岡政紀 書評集


『笑顔で生きる〜「容貌障害」と闘った五十年』 藤井輝明著/20111020日発行/講談社+α文庫/定価571
(原著『あなたは顔で差別しますか〜 「容貌障害」と闘った五十年』 藤井輝明著/2008829日発行/講談社刊/定価1500円)

全くの健常者として生を受けながら、2歳のとき、顔の右半分に海綿状血管腫という血管がふくれる病気を発症し、以来、50年以上にわたり、容貌を巡るいじめや差別に苦しみながら、それを乗り越えて医学博士として活躍する藤井輝明氏の体験手記である。

この血管腫は破裂してしまうと生命の危険にも及ぶもので、一時は激痛も伴ったそうだが、藤井氏を苦しめたのはそうした身体的苦痛以上に、自らの容貌へのコンプレックス、そして、理不尽ないじめ、差別を受けることの精神的苦痛であった。小学1年のときにガキ大将グループから受けた「お岩さん」「出目金」「口曲がり」といった侮辱的なニックネームの数々。また、中央大学経済学部で優秀な成績を収めながら、就職活動の際にある会社の人事担当者から受けた「いくら成績がよくたって、バケモノは雇えない」との暴言。本書にはそうした辛い経験が敢えて隠さずにありのまま記されている。心が弱いからいじめを受けるのではなく、いじめを受けることで自尊心が砕かれ、心が弱くなっていくのだ、と。

しかし、藤井氏は、ただそのまま引きこもって人生の敗者となるのではなく、苦難に遭うたびに、それを克服するための懸命の努力を行っていく。自分の実力で人生を勝ち抜いていけるように猛勉強に励む。大学卒業後に大手証券会社に勤務するが、中途退社して看護学校に入り、看護師の資格を取得する。看護師・助産師であった母の生き方を継ぎ、自らの体験を活かした貢献の道を選択したのだ。その後、向学の思いはやまず、筑波大学大学院で健康教育学の修士号を、名古屋大学大学院で医学博士の学位を取得。評者は筑波大学大学院在籍時に藤井氏と知己を得る幸運に恵まれた。その後、熊本大学医学部教授、鳥取大学大学院教授を経て、現在は独立して保健科学研究所を設立し、所長を務めている。老人施設や福祉施設の看護指導、病院の看護師の研修などを中心に活動されている。

そして、それらの本業とは別に、同じ容貌障害の苦しみを持つ方々を見つけ出しては激励に飛び回っている。本書には「家族会」を結成して、互いに励まし合っていることや、メンバーひとりひとりの写真入りの手記も掲載されている。また、同時にそうした方々への偏見をなくすための啓発活動としての講演会や小中学校での特別授業にも奔走している。小中学校では、子どもたちが自分と異なる容貌の人への偏見や差別感を乗り越えていくための生きた教材として、自らの血管腫にも直接触れさせる。これは「ふれあいタッチング授業」と呼ばれ、大変好評だそうだ。本書は反響を呼び、その後、中学校道徳教科書『心つないで』(教育出版)にも抜粋が掲載されている。

このように様々な苦難を乗り越えて生き抜いてこられた藤井氏の強い意思を支えてきたのは、今は亡き両親だった。両親は全国の病院を何十軒も回って息子の病気の原因や治療法を勉強して、その治療にも全力を尽くしたが、それだけでなく、小学校への通学路にある商店街や住宅を一軒一軒回って息子の病気について説明し、笑顔で迎え、励ましてやってほしいと訴えるなど、藤井氏が社会で生き抜いていけるように、人生を賭けるほどの執念でサポートしてきたという。藤井氏は、その両親の温かい愛情に守られ、支えらたからこそ、人や社会を恨むのではなく、自分と同じく弱い立場の人に尽くす生き方を選び取ったのであろう。母親は息子にこう言ったという。「おまえの顔のふくらみは宝物だよ」と。その通りの人生を歩んでいる藤井氏の生き様には、人の心に生命の尊厳を実感させる力がある。

評者はもう一つ、印象的なエピソードに注目した。藤井氏は二十代半ばで血管腫の破裂を防ぐための十時間にも及ぶ大手術を経験しているが、危険な手術に臨むに当たり、医療チームの一人の医師が「虎は死して皮を残すというけれども、藤井くんが死んでも血管腫は病理標本として残るからね」と言ったという。医師は激励のつもりだったかもしれないが、「君を絶対に死なせはしない」となぜ言えなかったのか。その言葉に大変ショックを受けたと藤井氏は記している。救うべきは、まず目の前にいる一人の患者の生命である。それを、将来、どこかにいる別の患者を救うための病理標本として見るのは医師の側の論理である。その経験が本当の患者中心の医療を実践したいという、その後の進路につながっているという。ここにも、単に恨み言に終わらさずに自分の人生へと展開する藤井氏の強さ、真の智慧が記されている。藤井氏の人生にはただただ頭が下がる。彼の友人であることは評者にとっても誇りである。

 

関連著作
『運命の顔』  藤井輝明著/20031030日発行/草思社刊
『さわってごらんぼくの顔』 藤井輝明著/20041130日発行/汐文社刊
『この顔でよかった』 藤井輝明著/2005819日発行/ダイヤモンド社刊
『てるちゃんのかお』(絵本) 藤井輝明・文/亀澤裕也・絵/20117月発行/金の星社刊

保健科学研究所ホームページ


創価大学ホームページへ
日文ホームページへ
山岡ホームページへ