山岡政紀 書評集


書評『30歳高卒タクシードライバーがゼロから英語をマスターした方法』 中山哲成著/横山カズ監修/IBCパブリッシング刊/2019107日 発行/定価1400円/ISBN 978-4-7946-0605-1 C0082


この国際化の時代、日本にも外国から大勢の観光客が訪れるようになった。日本のタクシー業界も、日本語のできない外国人観光客にも安心してタクシーを利用してもらえるようにと、数年前から「タクシー運転者英語おもてなしコンテスト」というのを始めたらしい。私はたまたまそのある回のコンテストの模様をYouTube動画で見た。コンテストでは観光客に扮した英語母語話者が出場者ごとに異なる内容の質問や依頼をナチュラルスピードの英語で話しかける。もちろんその内容は事前に知らされない。それに対してどのぐらい臨機応変かつ気の利いた接客英語で応答できるか。つまり、英語スピーチコンテストのように原稿を丸暗記するなどの準備は利かない。普段から実践している英語対応の経験値がコンテストの場でも試されるのだが、そこに出場したタクシードライバーたちが実践的な英語を想像以上に使いこなしているのを見て感心した。

このコンテストに、経験豊富そうな出場者たちに混じって参加していた35歳の中山哲成さんはひと際若く見えたが、その落ち着きぶりとネイティブスピーカーが話すような熟れた英語で優勝に当たる最優秀賞を獲得した。他の出場者にはアメリカ駐在経験のある人や、通訳案内士の資格保持者もいたようだが、そうした人たちと競っての優勝だけに価値がある。何より不安の多い観光客に安心感を与える配慮の行き届いた英語だと感じた。審査員の「日本に来た方が中山さんの車両に乗ってよかったと思うだろう」とのコメントは、タクシードライバーにとって最高の賛辞だったのではないだろうか。

この中山さん、留学経験はおろか大学受験の経験すらない高卒で、ミュージシャン志望から挫折していくつかの職業を転々とし、30歳にしてタクシードライバーに行き着いてから英語の習得を思い立ち、全くのゼロからわずか4年間でハイレベルな英会話能力を身につけたというのだから驚きだ。その彼が英語学習を始めてから今日のレベルに達するまでの学習プロセスをありのままに書いたのが本書だ。いったいどんな学習法を採ったのか、興味津々、手に取ってみた。

実際に読んでみると、そのプロセスは決して平坦ではなく、特に1年目は試行錯誤の連続である。いろいろな英語の学習書を試してみるが、なかなかうまく行かない。そうしたなかで自分に合ういい英語本に出合うと、一気にそこから英語の楽しみを覚えていく。レベルが上がると英語で話したいことの欲求レベルが上がり、そこでまた挫折・停滞するも、またそのレベルの自分に合う新たな英語本を見つけてのめりこんでいくというプロセスを繰り返す。そしてその結果、開始約2年でタクシー乗務員として求められる接客英語を十分身につけるに至る。

しかし、そのレベルに達すると、文脈の限られたタクシー接客英語だけでは飽き足らなくなり、もっと自由な英会話への欲求が高まっていったという。そして、そのときに同時通訳者・横山カズ氏の動画や英語本『パワー音読入門』と出会って、英会話の応用力を飛躍的に高める。さらに、英語交流サイトitalkiに参加して以降は海外の人々ともオンラインで自由な英会話を楽しむようになり、その後は英語による日本語チューターとしても経験を重ね、後半の2年間で飛躍的に英語力を向上させるに至ったとのことである。この頃になると努力するという感覚はもはやなくなり、とにかく英語を楽しむようになる。語学はスポーツや音楽と並ぶ娯楽だと中山さんは断言する。スポーツでも音楽でも夢中になってのめりこんでいくなかにこそ飛躍的なレベルアップがある。陸上の為末大選手の「努力は夢中には勝てない」との言葉をそのまま体現しているようである。そしてその楽しさの先に手にしたのは、驚くほど世界に拡がった友人関係、会社からの信頼、そしてコンテストの優勝と、いいことずくめである。

本書は言語教育学の科学的理論とは全く無縁だが、雄弁でリアリティのある英語習得体験談であり、語学を習得するとはどういうことかを教えてくれるし、ゼロから英語学習に挑戦しようという人たちの参考や励みにもなるのではないかと思う。

【本書で紹介されている英語本の良書】

『英語耳』 松澤喜好著/アスキーメディアワークス

『ハリウッドスターの英語』 アルク

『英文法のトリセツ』 阿川イチロヲ著/アルク

『一億人の英文法』 大西泰斗著/東進ブックス

『ラダーシリーズ』 IBCパブリッシング

English Grammar in Use;  Raymond MurphyCambridge University Press

『最強の英語独習メソッド パワー音読入門』 横山カズ著/アルク

 


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