池田大作・張鏡湖対談『教育と文化の王道』を読んで

第三文明社201031日刊/定価1429(+)ISBN:978-4-476-05046-2 C0036

山岡 政紀


キーワード: 台湾、中国、王道、孫文、中国文化大学、創価大学

 

 創価大学創立者である池田大作博士と台湾・中国文化大学理事長の張鏡湖博士との対談がこのほど刊行された(以下、敬称略)。

 池田は68年に日中国交正常化を提言、74年には周恩来総理と会見、訪中も10度に及び、中国大陸との関わりが深いことは広く知られている。画家・常書鴻氏や作家・金庸氏など、大陸の文化人との対談も多い。一方、台湾への公式訪問は一度もなく、池田と台湾との関わりはあまり知られていない。台湾の要人との対談集も初めてで、意外なように見えるかもしれない。しかし、池田と張の出会いは決して最近のことではなく、1994年に遡る。以来、二人はたびたび交流を重ね、両大学より相互に名誉博士号も贈られている。両者の深い友情のもとに、教育雑誌『灯台』誌上での対談(200708年)を経て結実したのが本書である。

 本書の対談相手・張鏡湖は池田と同じく教育者であり、年齢も一歳違いで、その対話は深い次元で通底して見事に共鳴し合っている。そこは両岸の隔たりを超えた一つの中国文化に対する深い洞察に満ちている。そして、単に中国と台湾の共存のみならず、人類共存への可能性という普遍的な射程をもって訴えかけてくる、誠に含蓄の深い名著である。

 

 人類共存の方途とは何か。それこそまさに書名の「教育と文化の王道」に集約されている。「王道」とは対等なる対話によって人の心に納得と共感を生み出していく方途を指す儒教の言葉で、孫文が好んで用いた語である。これに対し、「覇道」は力関係によって相手を従属させようとする方途であり、両者は対概念である。かつて池田がハーバード大学講演(1991年)で論じた「ソフトパワー」と「ハードパワー」の対比ともほぼ同義である。そして王道を進めゆく原動力は、教育の力であり、文化の継承と尊重である。この方途を実践してきたのが対談者二人の人生でもある。その意味で、本書は究極の「名は体を表す」一書であると言える。

 

 本書は大きく三つの章から成っている。

 1章「父母の思い出と『麗しの島』」では、張が自身の故郷である大陸の浙江省寧波と、第二の故郷となった台湾の双方に対して、その自然と文化に関する詳細な知識とともに深い愛情を吐露しており、その公平な中国観が誠に印象深い。張は父・張其ホ博士とともに地理学者であり、自然と人間とを相互的に関わり合うものとして見る視点を持つ点で、やはり地理学者であった創価教育の源流・牧口常三郎の世界観とも共通している。富士山より高い台湾の最高峰・玉山をはじめ、阿里山の神木、台湾島固有種である青斑蝶等については、詳しい説明に美しいカラー写真も添えられ、台湾の魅力が伝わってくる。

 自然だけでなく台湾の人間文化にも言及している。十七世紀の英雄・鄭成功は台湾の人々の自立と尊厳の精神的支柱であり、日本でも浄瑠璃「国性爺合戦」で知られている。彼を中心に台湾の歴史論が展開される。話題は二十世紀前半の日本植民地時代にも及び、皇民化教育や抗日運動等にも言及している。日本人である池田と当時まだ大陸にいた張が、共に当時の台湾人の側に立ち、その誤りを忌憚なく指弾している点は誠に印象深い。

 

 2章「精神の遺産と地球環境」では、一つの中華民族の精神の柱となっている先人の精神的遺産として、まず王陽明について述べている。池田は陽明学と仏法思想の共通性を主張することで、王陽明への深い共感を表現する。

 続いて、孫文の革命の生涯を通して、中国文化が「王道の文化」であることを述べる。中国文化大学は「中山学術研究所」を設立して孫文を研究しているという。孫文は大陸と台湾の人々が共通して敬愛する国父であり、孫文研究それ自体が中台の架け橋となる。

 他にも中国文化大学は、80年代に台湾で初めて大陸の学者を招待し、台湾で初の「大陸問題研究所」も設立している。北京大学、浙江大学、南開大学等、大陸の大学とも姉妹交流を積極的に進めている。このように大陸と台湾とを教育・文化で結ぼうとする数々の行動は、すべて張父子の信念に基づくものである。

 第2章後半では、張が地理学者として地球温暖化をはじめとする環境問題に対する種々の提言を行っている。ここでも、中国大陸北部の水資源欠乏を解消するための水利プロジェクトについて紹介している点が興味深い。

 またこの中で張は、これまで池田が展開してきた異文化との対話を、国家や政治という単位を度外視した人類益のための行動であり、国連開発計画、地球憲章、マータイ博士の活動、ローマクラブの活動とも共鳴し、拡がりゆくものであると賛嘆している。

 

 3章「教育の大道」では、二人がそれぞれ大学建設という難事業の途上で、様々な毀誉褒貶を乗り越えながら教育のために献身した経緯を述べている。

 張の父・張其ホ博士は、かつて台湾の教育大臣を務めた後、1962年に中国文化大学を創立したが、まさにそれは自己犠牲の産物であったことが率直に吐露されている。張は父の没後、その遺志を受け継ぐべく、アメリカでの教授職を捨てて1985年に帰国し、同大学の理事長として今日まで隆々たる大学の大発展をもたらした。

 一方、池田もまた、軍国主義と戦った亡き恩師・戸田城聖の遺志を継ぎ、仏法の生命尊厳の思想を根幹とする人間教育の学府として1971年に創価大学を創立し、世界市民教育に献身してきた。それぞれに文化の力によって全人類の平和共存を構築するための教育の聖業に献身してきた二人は、まさに「教育と文化の王道」を同時代に生き抜いてきた盟友なのである。

 池田は、中国文化大学が最新の教育環境を採り入れ、発展していることを、敬意を込めて紹介する。一方、張は中国文化大学が台湾で初めての「池田大作研究センター」を設立したことに触れ、「生命の尊厳」「平和と共生」を基調とした人間主義教育を標榜する池田の教育思想から学ぶ思いを表明する。両者の共鳴は誠に味わい深い。

 この文脈の中で、張が共産党のリーダーであった周恩来総理への敬意を率直に表現している点にも注目した。周総理は政治家だが、ここでは政治思想ではなく、周総理の人格、哲学に言及している。飽くまでも「教育と文化の王道」の視点に貫かれているのである。

 

 対立と分断を協調と融合に変えていくのが「教育と文化の王道」であり、その道を歩む二人の偉人の誠実なる共感と連帯には、大いに心を打たれた。二人ともに高齢である。読者はこの二人の出会いから多くを学び、後を継ぐ決意をすべきであることを痛感する。

 

(補足)

 本書には創価大学の歴史と精神が随所に記されています。本書には、創価大学の写真7枚、創価大学関係者が参加した中国文化大学での行事の写真が5枚も記されています。創立者池田大作先生並びに、張鏡湖博士に心からの感謝を申し上げたいと思います。

 

2010.6.6


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