謝辞 モスクラブ文芸賞受賞に謝す


 昨年12月号まで連載を続けさせて頂いた、私の拙い随筆「モーツァルトを旅する」が、このほどモスクラブ文芸賞に選ばれたとの報を受けた。毎回、編集の労を執られた山下明宏氏はじめモスクラブの皆さん、また、今回の賞の選考に当たられた宮本輝氏に深く感謝申し上げる次第である。
 今回の受賞が私にとってこの上ない光栄であることは言うまでもないが、正直に申し上げれば、いささか分に過ぎやしないかと、申し訳なく思うところもある。というのも、私は2年間にわたるこの連載を実に楽しく書かせてもらい、苦労したとか筆が進まずに悩んだとかいう記憶がほとんどない。たいていいつも期日通りに原稿をお届けすることができたと思う。そもそも分量自体が、他の作品よりも短いものであったせいもあるが、それよりも、私にとって、日常の多忙な活動の中にあって、月に一度のこの連載の執筆が、文字どおり息抜きの時間であり、楽しい時間であったからなのだ。
 実のところ私は、執筆に当たって毎回その時に取り上げる曲を部屋中に充満させながら、心に沸き上がってくる言葉を書き連ねるのを常とした。私が無類のモーツァルト好きであることは言わずと知れたことだが、同時に文章を書くこともまた少年時代からの一つの楽しみであった。そのような私にとって二つの楽しみを同時に実行するこの時間がどれほど楽しいものであったかがご想像いただけるだろうか。これはもう、一種のカラオケ的なノリであって、つまり、読者に応えようというよりは、とにかく自分が楽しんでいたのだ。
 その私の楽しみの産物を連載して頂いた「オラシオン」には、本来こちらが感謝しなければならないはずなのだが、それがかくも貴重な賞を頂いては、何だかもったいないような気になる、というのが正直な気持ちである。
 とはいえ、このように長文の謝辞を書くあたり、やはり率直な喜びの表れである。そして、その思いを込めて、今回、5ケ月ぶりに連載の続編を執筆させて頂いた。と言っても、改めて受賞者の作品というような気負いを持たず、いつも通り、自然体で書かせていただいた。ただ今回は、愛器を手に取り、一つ一つの音を味わいながら回想をめぐらし書くという極めつけの楽しみ方で書かせていただいた。どうか読者の皆様のご寛恕を願う次第である。

(『OracionVol4. No.5 <1993.5> モス・クラブ刊より)


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