大陸間の不均衡

 W杯はオリンピックとよく比較されるが、オリンピックがたくさんの種目で金銀銅のメダルを争うのに対し、W杯はたった一つの種目でたった一つの優勝杯「W杯」を争うものであるから、一つの試合にかかる注目度、比重の大きさはW杯の方が強くなるのも自然だ。また、W杯は「男」の祭典であって、高橋尚子のような「ヒロイン」は登場しないということも特徴だ。もちろん、女子サッカーのW杯もあると聞いたことはあるが。

 それ以上に私にはW杯の大きな特徴と思えることが一つある。オリンピックは種目によっては各国に参加枠が既に与えられていて、人々の関心はメダルの行く末に向けられる。「参加することに意義がある」との言葉さえある。ところがW杯は、参加できるかどうか、それ自体が大変な戦いなのだ。

 日本代表チームは1994年アメリカ大会の予選でいわゆる「ドーハの悲劇」を味わったことに象徴されるように、98年フランス大会で初出場を果たすまで、アジア予選で苦杯をなめ続けてきた。そして、そのフランス大会での初出場が決定する前に、日本でのW杯開催が決定していたというのも異例のことだ。

 もしフランス大会で出損なっていたら、開催国特権が初出場という不名誉な事態となっていた。あの大会での日本の3連敗を否定的に言う人が多いが、何はともあれ本大会に出場したということは偉業だったのだということを、そう簡単に忘れてはいけないと思う。
 その意味でW杯は各大陸予選から既に壮絶な戦いが展開される。本大会に進む以前に既にさまざまなドラマがある。
 今回の大会の各大陸出場枠を見てみよう。前回優勝国と開催国には予選免除の特権が与えられるので、今回は29の出場枠が各大陸予選で争われたことになる。

  前回優勝国 1(フランス)
  開催国     2(韓国、日本)
  欧州     13 or 14
  南米      4 or 5
  北中米    3
  アジア    2 or 3
  アフリカ  5
  オセアニア 0 or 1

 そして大陸間プレーオフでは、欧州14位アイルランドとアジア3位イランは、アイルランドが勝ち、また南米5位ウルグアイとオセアニア1位オーストラリアはウルグアイが勝つという、ともに出場枠の少ない方の大陸のチームが敗れる結果となり、出場枠の不均衡が実力差に沿うものであることを図らずも証明してしまった。
 プレーオフの結果と予選免除国を加えた大陸別出場数は次の通りである。

  欧州     15
  南米      5
  北中米    3
  アジア    4
  アフリカ  5
  オセアニア 0
   合計  32

 さて、この出場数を比較してみると、欧州が全体の半数近い15を占めていることに真っ先に目が行く。サッカーというスポーツは基本的に欧州で生まれ、欧州で育ったスポーツである。南米では欧州とは異なるスタイルのサッカーが定着したが、その南米サッカーも、もともとは欧州から移入されたものである。

 そもそも現代文明社会は欧州を中心に展開してきたことは周知の通りである。言語学者の暇つぶしとして、今回の出場国32ヶ国の公用語一覧を作ってみた。
 これを見ると一目瞭然だが、インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)に属さない言語を公用語とする国は6ヶ国のみで、他の26ヶ国は公用語が印欧語である。スペイン語などはスペイン本国の他に、北中米の2ヶ国、南米の4ヶ国の合計7ヶ国が公用語としている。米国の英語、ブラジルのポルトガル語と合わせて、南北アメリカの出場国の公用語はすべて印欧語である。

 こうして見ると、アジアは4ヶ国とも印欧語を公用語としていない。韓国も日本もそれぞれの特徴を活かした新しいタイプのアジア・サッカーを印象づけた。韓国は疲れを知らない持久力と複雑なポジション・チェンジをこなした組織の柔軟性。日本はポジション・バランスを重視したクレバーな組織サッカー。それぞれの微妙な違いはあれ、共通するのは「組織力」である。アジア人の特性がサッカーにも活かされて世界の舞台に上った。アジア勢の台頭は世界的な文化多元主義に近づくためにも必要なことと思えてならない。

2002.7.6


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