苦しんだ者は強くなる
 

南米予選とブラジル


 2002年W杯日韓大会は、サッカー王国ブラジルの優勝で幕を閉じた。今大会のブラジルは南米予選では当落線上をさまよい、最後に底力を発揮して辛うじて3位にすべり込んだことから、これまでの大会のように優勝候補と言えるのかどうか、疑問符がつけられていた。しかし、本大会に来てみると、あの個人技頼みのブラジルにしては組織のバランスを意識した戦いぶりで、特に決勝トーナメントに進んでからはその傾向は顕著だった。

 組織戦術に従うということは、各選手が自分個人の能力以外のものを勝利のために活かそうとすることであるから、人間的に謙虚でなければできないことである。選手たちは自分たちが勝てないことの現実に直面した時に、自然と謙虚になれるのではないだろうか。たしかに今回のブラジルは総合力に置いて、前回、前々回の大会ほど絶対的な力はなかったかもしれないが、南米予選で苦しんだことで、かえってチームとしての強さを手に入れたのではないだろうか。
 そしてブラジルは、18試合のうち半分の9勝しかできなかった南米予選とは見違えるように、本大会では7戦を全勝で終えた。

 一方で、優勝候補の筆頭と呼び声の高かった南米予選1位のアルゼンチンは、南米2位のエクアドルと共に1次リーグで敗退。南米から決勝トーナメントに進んだのは、南米3位のブラジルと4位のパラグアイだった。大陸予選の結果が本大会の成績に直結しないことはわかりきったことではあるが、欧州予選と本大会の結果を見くらべてみるとその印象は更に強まる。
 

欧州予選とドイツ


 欧州予選には 50の国・地域が参加した。これらを9グループに分けて、ホームアンドアウエーの総当たりリーグ戦を行う。そして、各グループの1位は無条件に本大会への出場権を得る。今回はこれに当たるのが、グループ順に挙げると、1.ロシア、2.ポルトガル、3.デンマーク、4.スウェーデン、5.ポーランド、6.クロアチア、7.スペイン、8.イタリア、9.イングランドである。
 各グループの2位となった9チームは、そのうち、8チームがやはりホームアンドアウエーの欧州プレーオフに臨み、勝者の4チームが本大会への出場権を得る。このプレーオフの勝者となり、本大会に出場したのが、1.スロベニア、4.トルコ、6.ベルギー、9.ドイツの4チームである。
 残り1チームはアジア予選3位と大陸間プレーオフを行う。これもホームアンドアウエーである。これに臨んだのが2.アイルランドである。そして、アジア3位のイランを破って本大会出場を決めた。 プレーオフで敗れたのは、3.チェコ、5.ウクライナ、7.オーストリア、8.ルーマニアの各チームである。

 この予選結果と本大会での結果を見比べてみると、各組1位通過の9チームのうち、本大会で決勝トーナメントに進んだのは5チームで、ベスト8に進んだのがスペインとイングランドの2チームのみ。そして、どちらもベスト4には進めなかった。一方、プレーオフから勝ち上がった各組2位通過組の5チームからは、スロベニア以外の4チームが決勝トーナメントに進出した。そして、ドイツが準優勝、トルコが第3位と大健闘している。
 見方を変えてみよう。グループの2位のチームがプレーオフで勝った5つのグループのうち、4つのグループで、1位チームより2位チームの方が本大会での成績が上回っている。
 予選で苦しんだチームの方が、本大会では好結果を残している・・・こんなふうに言ってしまってもあながち過言ではなさそうである。

 準優勝のドイツは欧州予選ではイングランドと同じグループ9に入った。いずれも強豪だが、実力的にはわずかにドイツが上回ると見られていただけに、くじ運が悪かったのはイングランドだと思われていた。そして、予選8試合を終えたそれぞれの結果は共に5勝2分け1敗の勝ち点17で並んだ。両チームの1敗はまさに両国の直接対決が1勝1敗だったことによる。このようにほぼ互角の成績だったが、イングランドがドイツを破ったその試合が、オーウェンのハットトリックなどで5対1という、ドイツにとって屈辱的な大敗となり、結局得失点差でドイツはグループ9の2位に甘んじたのである。

 ウクライナとのプレーオフではアウェーでの第1戦で先制ゴールを許す。そこからドイツの選手たちは、チーム戦術の基本に立ち返ることを確認し合い、何とか引き分けに持ち込み、そしてホームでの第2戦に快勝してようやく本大会へのキップを手にしたのである。本大会での7試合を堅実に勝ち上がっていったドイツの戦いは、攻撃も守備も実に組織戦術に忠実であった。これも予選を通じて得た謙虚さによるものだったのだろうか。
 

印象に残ったアイルランド


 そのドイツに1次リーグで引き分けたのが、今大会で印象深かったチームとしてたびたび名の挙がっているアイルランドである。
 アイルランドは、欧州予選でオランダ、ポルトガルという二つの強豪国と同じグループ2に入り、本大会出場は厳しいと見られていた。予選10試合のうち、8試合までを終えた時点で、アイルランドはオランダをわずか勝ち点1上回っていただけだった。そして迎える9試合目に両チームの直接対決があった。この厳しい天王山の戦いにアイルランドは勝ち、グループ2位以内をこの時点で確保した。一方、フランス大会4位のオランダは、個人技に走りすぎてチームが全く機能せず、この敗戦でグループ3位が確定的となり、プレーオフにさえ回れずに予選敗退という屈辱を味わうこととなった。

 そしてアイルランドはアジア3位のイランとのプレーオフに連勝し、本大会出場を決定。本大会では1次リーグでドイツ、カメルーンと同組になり、欧州予選同様、苦しい組に入るが、その2チームとの対戦は引き分け、サウジアラビアには快勝して決勝トーナメントに進出した。強豪には引き分けに持ち込み、格下の相手は徹底的にたたく、という効率のよい戦い振りで勝ち抜いた欧州予選と全く同じ勝ち上がり方だった。

 この、引き分けに持ち込むということ自体、決して簡単なことではない。決勝まで5勝1分けで進んだドイツと唯一引き分けたのはアイルランドである。0対1とリードされた終了間際のロスタイムにも怒濤の攻めを繰り出し続け、そしてロビー・キーンが劇的な同点ゴールを挙げたのである。アイルランドのサポーターはもう勝利したような喜びようであった。決勝に臨むまでのドイツは堅守を誇り、他の試合をすべて完封していたので、この失点は決勝のブラジル戦以外では唯一の失点でもあった。
 アイルランドは、決勝トーナメント1回戦ではやはり強豪のスペインと対戦したが、この試合でも敗色濃厚な終盤に、執念の攻めでファウルを誘い、PKで同点に追いついている。驚異的な粘りである。結局この試合は延長戦の末、PK戦に敗れている。

 彼らの全力疾走には、鬼気迫るものがあった。しかも魂が選手間で通じ合って、一つの魂で動いているかのようにアイルランドの選手たちは絶妙に連係された動きをしていた。ただ単に気迫のプレーというだけなら、決して珍しくない。だが、彼らには組織戦術というような言葉では表現できない一体感、連帯感があったからこそ、見る人に大きな感動を与えたのだと思う。それも欧州予選、プレーオフ、本大会1次リーグと、厳しい戦いを一つ一つ乗り越えながら生まれていったチームとしての精神的な強さのなせるわざではないかと思えてならない。

 トーナメントでのPK戦は公式記録では両チームとも引き分けとされる。するとアイルランドは、欧州予選10戦を7勝3分け0敗、プレーオフを2勝、本大会を1勝3分けという成績であった。通算すると、10勝6分けでなんと無敗。すなわちアイルランドは1回も敗れることなく見事に戦いきって潔く去って行ったということになる。

 苦しんでも苦しんでも負けない、そして負けないことでまた強くなっていく──そんな戦い振りには大いに刺激を受けた。

2002.7.13


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