巻頭言「人間主義の探求の道を共々に」

創価大学生命哲学研究会 顧問 山岡政紀


 

生命哲学研究会論集『生哲』第38号の刊行を心よりお祝い申し上げたい。

わが創価大学において開学以来45年間、その教育理念の根底に在り続け、かつ今後の百年、二百年、あるいは千年の歴史においても流れ続けていくであろう根本の思想は、端的に一言で言うならば、「人間主義」である。そしてそれは、創立者池田大作先生が著作、講演、対談集を通して表現してこられ、同時にご自身の人生を通して体現してこられたものにほかならない。

「人間主義」とは生命の尊厳をすべての行動の根幹に据え、人類に存在する民族、文化、社会のあらゆる不平等を超克し、世界平和の価値を創造しゆく生き方である。そしてそれはHumanismの英訳であり、トルストイやユゴーが文学作品を通じて表現したヒューマニズム、マハトマ・ガンジーやキング牧師が人権闘争を通じて表現したヒューマニズム、キューバの革命の闘士ホセ・マルティやトルコの初代大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクが近代国家の建設を通じて表現したヒューマニズム――それらのどのヒューマニズムとも共通の理念を指す普遍的な概念でもある。

この「人間主義」を学んでいくことこそが創価教育の枢要であり、世界平和に寄与する人材群を輩出しゆく力となる。「人間主義」を学ぶ具体的方途は、その普遍性から遡って言えば、文学作品や先人の生き様を通じて学んでいくことが高等教育の学府に適ったあり方である。しかし、先に挙げた先人たちのヒューマニズムがいずれもその源流をそれぞれヒンディー教、キリスト教、イスラム教の宗教的信念に求めることができる事実にも注目すべきである。ヒューマニズムが生命の尊厳を見つめる目というのは常に宗教的感性、宗教的希求によって動機づけられている。そして、これらの先人達と同様に仏法のヒューマニズムを胸奥に抱きつつ、対立する諸国間に融和の橋を架け、文明観対話を実践してこられたのが、本学の創立者、池田大作先生であられる。そして、池田先生のヒューマニズムの源流が日蓮仏法であることは言うまでもない。

今般、わが生命哲学研究会の学徒たちは池田先生の直継の弟子であるが故に、日蓮大聖人の御書を真剣に研鑽し、友人たちと対話を重ね、そしてその成果をこのように論集として編むことを通じて、師匠が体現してこられた「人間主義」を心肝に染めようとしているのである。

生命哲学研究会の本年の年間教材である「阿仏房御書」には「末法に入つて法華経を持つ男女のすがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賎上下をえらばず南無妙法蓮華経ととなうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり、(中略)然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房此れより外の才覚無益なり、聞信戒定進捨慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり」(日蓮大聖人御書全集1304頁)とある。これこそ人類の絶対平等と一人の生命の絶対尊厳を説ききった人間主義の規範そのものでなくして何であろうか。他にも生命の絶対尊厳を説いた「いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり」(白米一俵御書、同1596頁)や男女平等を説いた「妙法蓮華経を弘めん者は男女はきらふべからず」(諸法実相抄、同1360頁)など、「人間主義」の規範となる御書は枚挙に暇がない。師匠が大学においては普遍的な言葉で展開されている人間主義を、敢えて学生自身の自発能動により、その底流の日蓮仏法の真髄から学ぼうとする彼らの尊い研鑽に心からの敬意を表したい。そして、私も同じ池田門下生の一人として、学生たちと共に学び、後継の哲学探求に取り組めることに大いなる喜びを感じているところである。

 

2016.11.18 (『生哲』第38号 創価大学生命哲学研究会会誌より)


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