山岡政紀著『発話機能論』(くろしお出版、2008) 要旨

 

 20世紀後半以降、言語機能論、会話分析、日本語教育等の諸分野にわたって、発話機能という概念が広く用いられてきた。すなわち、会話中の個々の発話に対して、《依頼》《提供》《報告》《主張》《謝罪》などの対人関係的機能をもってラベリング(名称付与)されたものである。しかし、共通の関心、同じ用語の使用にもかかわらず、各分野間はほとんど没交渉であったうえに、その多くが十分な定義を行うことなく、直観的に把握してきたのが実情であった。その中で唯一理論基盤を持つハリデーの発話機能と、隣接領域における類似概念であるサールの発話行為から、それぞれの優れた部分を抽出して理論の骨格とし、それを基盤として発話機能に普遍性と妥当性のある理論的定義を与えたのが本書である。

すなわち本書では、発話参与者である話者と聴者を交替しつつ、一連の会話を形成する相互関係を的確に捉えたハリデー理論の利点と、語用論的な発話状況を準備条件として取り込んだサール理論の利点とをそれぞれ援用し、独自の発話機能論として確立した。

本書では新理論の妥当性を、日本語の具体的事例を用いて論証した。例えば、「当分地方で休養しないか」という発話を上司が部下に対して行えば《命令》となるが、友人に対する発話ならば《助言》と解釈される。このように発話機能は、文形式と発話状況との組み合わせで決まる。文形式は命題内容条件によって規定されるが、発話参与者間の権限や利害などの発話状況については、サールの準備条件を発展させ、語用論的条件として規定されることを示した。この語用論的条件が発話機能各範疇の実質上の定義的規定となる。

さらに、《命令》とその肯定応答である《服従》とは、発話参与者(話者・聴者)が、「部下側が意図された行為(転勤)を行う」という目的と、参与者間の人間関係などに関する語用論的条件を共有している。この発話連続のように緊密な連関を維持した会話の単位を「連」と命名した。《忠告》と《受容》、《許可要求》と《許可》もそれぞれ連をなしている。

本研究により、発話機能と日本語の文形式との相関関係は飛躍的に解明された。例えば、《依頼》には遂行系(〜を頼む)、要求系(〜してもらえないか)、命令系(〜てくれ)、願望系(〜てもらいたい)、情意表出系(〜てくれるとうれしい)などの種類があるが、どの系の形式も《依頼》の語用論的条件の充足と何らかの相関を有している。また、遂行系以外では必ず授受補助動詞が用いられ、その構文構造が《依頼》の語用論的条件のうちの「依頼者側の利益」の充足を求めることも論証した。《依頼》と連をなす《協力》においても、例えば、許容系(〜てもいい)は「依頼者側の欲求」という語用論的条件の充足を求める表現と言える。

本書の成果は今後、形式と意味、構造と機能の相関関係に関する理論研究の進展、日本語教育における機能シラバスの開発等に寄与することになるであろう。

 


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