どうすれば日本語教師になれるか

1.資格・免許

日本語教師には、現状、国家資格や免許制度と言えるものがありません。文部科学省は1988年12月に(当時、文部省)、日本語教員の資格を公示しました。しかし、これは厳密な意味での規制を含んでいないため、一般には「日本語教員資格ガイドライン」と言われています。日本語学校側が教師募集や採用に当たって、このガイドラインの45単位、26単位、420時間といった数字や日本語教育能力検定合格を採用条件として提示することが多いのは、あくまでもより高質な教師を獲得したいからであって、法的規制のためではありません。したがって、これらの項目を条件とせず、どんな人を日本語教師として採用したとしても、何の罰則も受けません(ガイドラインの5号に該当すると主張できるからです)。
 その点、幼稚園、小学校、中学校、高等学校の教諭が教員免許の取得を義務づけられているのとは大きく異なり、資格が要らないという点では塾講師の方が近いと言えます。これは、日本語学校という教育機関が文部科学省の監督下にはなく、設立に際しても審査や認可がいっさい不要だという事情から来ています。つまり、だれでも、自分の自宅に「山田日本語学校」という看板を掲げて日本語学校を開設し、自ら日本語教師と名乗ることは自由にできるのです。
 もちろん、今述べたことは法的、制度的事情を述べたのに過ぎず、実際の日本語教育界は実力が厳しく問われる業界です。国内外を問わず、民間の日本語学校はどこも不安定な経営を強いられています。円高の日本に海外から来ている外国人は、概して経済的余裕が乏しく、民間の日本語学校に通っても、教え方がへただと思えば、いつでもやめます。また、外国人どうしの情報網は発達していて、教え方のじょうずな教師がいる学校は口コミで知れわたります。反対に教え方のへたな教師しかいない学校は評判が悪く、ますます生徒が集まらず、どんどんつぶれていきます。学校経営者は、採用した日本語教師が担当したクラスの学習者の能力の伸び具合や、学習者の評判などを見て、教え方がへただと思われる教師はいつでも解雇します。経営者が解雇するつもりがなくても、生徒が集まらなければ、学校ごと倒産する可能性もあります。このように考えると、日本語教師は実力勝負の世界であり、能力と人気が求められるという点では、塾講師というより、予備校講師に近いかもしれません。

2.日本語教育能力検定試験

 このように社会的に不安定な職業とされる日本語教師には、知識と経験が豊富ですぐれた能力を持つ一流の日本語教師から、ただ日本語教師を名乗っているだけの人まで、まさに玉石混淆の状態に、長年置かれています。そこで、資格試験ではないけれども、日本語教師としての能力を具えているという目安として、1986年度より「日本語教育能力検定試験」が開始されました。主催者の財団法人日本国際教育協会が、2004年度に日本育英会や国際学友会などと合併して「独立行政法人日本学生支援機構(JASSO」となったのに伴い、「日本語教育能力検定試験」の実施業務は「財団法人日本国際教育支援協会(JEES)」に移管されています。
 この検定試験はあくまでも能力の目安に過ぎず、その合格を採用条件として課すかどうかは、各日本語学校経営者の裁量に任されています。検定試験の水準としては、日本語教育を四年制大学の副専攻として学んだ卒業生と同等レベルとうたわれていますが、実際のところこの試験の合格難易度は、そのような四年制大学を卒業する難易度に比べてかなり高い水準にあることが経験上知られています。一方で、筆記試験と聴解試験のみで実技試験がないことなどから、この検定試験で本当に日本語教育能力が量れるのかどうかを疑問視する声も根強くあることも事実ですが、全体として日本語教育界で定評を得ているので、私としては日本語教育専攻の学生にも受験を勧めています。受験を決意した学生には、「万一不合格だったら、受験しなかったことにしたらいい」と言っています(これは余談です)。
 以前は受験資格に満二十歳以上との年齢制限がありましたが、現在はだれでも受験が可能となっています。検定料一万円は安くはありませんが、日本語教師を目指すなら挑戦してみてはいかがでしょうか。この検定試験の参考書は数多く出版されていますが、内容的に最もコンパクトにまとまっていて、分量や値段などが手頃な参考書として、アルク刊の「日本語教育能力検定試験 合格するための本」をお薦めします。

3.国内での日本語学校の種類と採用

(1)国公立大学の付属日本語教育機関(例.筑波大学留学生センター
(2)国立に準じる日本語教育機関(例.日本学生支援機構東京日本語教育センター〈旧・国際学友会日本語学校〉)
(3)私立大学の付属日本語教育機関(例.創価大学日本語日本文化教育センタ
(4)民間の大手日本語学校(例.東京日本語学校(Naganuma School)
(5)民間の中小規模の日本語学校

 分類するとこのようになりますが、学校数から言えば、(5)が圧倒的に多いことは言うまでもありません。日本語教師を目指す皆さんは、(1)〜(4)のカテゴリーで日本語教師として採用され、しかも長く務められるようになることを目指してください。もちろん、(5)の中小規模の日本語学校にも、質の高い日本語教育を行っている、いい学校も少なからずあることを付言しておきたいと思います。
 そして、各学校が提示した採用条件をクリアし、志願者の中から選抜された人が日本語教師として採用されます。その意味では一般企業の就職試験と同様の競争と思っていただいてよいと思います。生徒数が多くて定評のある、いい学校であればあるほど、採用は難しくなると考えてよいでしょう。採用試験もまた学校によってまちまちで、書類審査だけの場合もあれば、模擬授業をやらせて教室運営の能力を試す場合もあるでしょう。後者のような厳しい採用基準を持っている学校ほど質が高いと言えます。
 なお、(1)と(3)は、大学教員として勤務することになりますので、通常は修士課程修了以上(修士号取得)が最低条件となります。研究業績が考慮される場合もありますので、学術研究雑誌に論文を発表したりしておくことも必要です。
 いずれの場合も、非常勤講師としてまず採用されて、何年か務めるうちに教育技能が評価されて、常勤講師となるケースが圧倒的に多く、質の高い学校であればあるほど、四年制大学を卒業してすぐに常勤講師として採用されるケースは少なくなるでしょう。

4.日本語教師に求められる能力とは

 日本語教育をよく知らない人のなかには、外国人に日本語を教えるのだから、外国語ができなければならない、と思い込んでいる人が多いようです。これは大きな誤りです。現在の日本語教授法は、「直接法」、つまり、教室活動はすべて目標言語である日本語で行う教授法が主流です。もちろん、これには相応の技術が必要で、外国語を使って教えることよりもむしろ専門的技能と言えるでしょう。
 国内の日本語学校では、通常、学習者の出身国・地域が多様で、その母語もさまざまです。その中で英語や中国語など、特定の個別言語を媒介言語として用いた場合、その言語が母語でない学習者には大きな不公平感を生み、ストレスとなります。海外での日本語教育の場合は、現地の言語が媒介言語として用いられるケースも少なくありませんが、教授法としての質そのものの観点から見ても、国内外を問わず直接法が望ましいです。
 したがって、日本語教育能力検定試験には外国語そのものの能力を問う問題は出題されません(ただし、外国語と日本語とを対照する能力を問う問題はあります)。その出題範囲などをご覧になれば、どういう知識や技能が求められるのかが、少しでもわかると思います。
 最大のポイントは「日本語を知る」ことだと思います。私たち日本語母語話者は無意識のうちにさまざまな文法規則を習得してしまっていますが、これを短期間で効率よく、誤りなく外国語を母語とする日本語学習者に習得させようと思うならば、無意識の法則を意識化して、しかも体系的に提示できる能力が必要となります。その意味で、日本語教師には、日本語を客観的に見ることができる能力が求められると言えるでしょう。
 もちろん、外国語ができるに越したことはありません。外国語と日本語を対照する能力があれば、その言語の話者が日本語のどのような点を難かしいと感じるか、また、誤りをおかしやすいか、などを予測することができます。さらに、自分自身の語学学習の体験が、心理的な意味で学習者の気持ちを分かってあげられるという側面もあります。その意味で、一つの外国語をものにする体験を経験しておくことは日本語教師としての財産となります。ただし、簡単な日本語でうまく説明できない時、質問にうまく答えられない時などに、得意な外国語で説明することに「逃げて」しまわないように気をつけなければなりません。

5.参考資料について

 以上、日本語教師となるには何が必要か、どうしたらなれるかについて、概略を述べましたが、さらに詳しく知りたい人は、自分自身でもいくらでも調べられます。図書館、民間の書店、インターネット等を通じて情報収集が可能です。あなたが本気で「日本語教師」になりたいのなら、まず本気で情報収集をして下さい。ご健闘をお祈りします。
 〔参考〕「日本語教育」初学者のための主要参考資料一覧


※文学部人間学科日本語日本文学専修以外の学生で日本語教師を志望する創大生へ


2004.6.15
 2008.11.10更新 2011.5.25更新


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