池田先生の恋愛観に学ぶ

山岡政紀


 

青春時代に恋愛の悩みはつきものである。

特に学生時代には多感な時期に多くの出会いがあり、心に恋心を抱くことは誰にでもあるのではないかと思う。私自身にとっても学生時代の仄かな恋心は、胸元をくすぐる良き思い出となっている。誰かに恋心を抱くことは自然な心の発露であり、何も不思議なことではない。

 

しかし、同時に恋愛の恐ろしさ、厳しさも忘れるわけにはいかない。それは、大学教育の場にいて、恋愛のために傷つき、大きな代償を払った女子学生の姿に何度か接してきた私自身の実感である。

どんな恋愛であってももちろん人生勉強にはなる。その意味で無駄な恋愛など一つもない。しかし、学業も手につかず、今やるべき自身の鍛錬を疎かにし、盲目の恋に明け暮れたまま、貴重な4年間を送ったのでは、恋愛の授業料としては高すぎると言わざるを得ないだろう。

 

創大生が恋愛に迷った時は、創立者池田大作先生の著作をひもといて思索してみてはどうだろうか。池田先生は学生時代の恋愛を推奨されていない。しかし、それは決して禁欲的思想に基づくものでもなく、無味乾燥な優等生を育てたいということでもない。むしろ、恋愛というものの実態、実像を極めてよくご存知であるからこそ、未来を担う青年の成長を願って語られている慈愛のメッセージなのだ。

 

純粋な愛情は美しい。しかし、愚かさともろさも、そこには同居している。そのために、愛情をふみにじられて、不幸に泣く女性のいかに多いことか。あなたは、そうした不幸の人であってはならぬ」(青春抄p.100

 

恋愛で悩む学生は男性よりも圧倒的に女性が多いというのが実感である。ほとんどの面において真面目で誠実な男性が、恋愛に関してだけは不誠実な態度を取ることも少なくない。簡単に信用してはならない。

                                                                                                                                      

歩むべき軌道を外れて、恋愛に飛び込んでも、それは逃避です。夢を見ているようなものだ。夢は、見ている時は本当だと思っている。しかし、実際には楽しいことばかり続くはずがない。むしろ、だんだん苦しいこと、悲しいことが増えてくる。弱い自分のままでは、どこまで行っても、苦しみしかない。自分で自分を変えないで、喜びはないのです。幸福は、だれかが与えてくれるのではない。恋人が与えてくれるのではない。自分が自分で幸福になっていくのです」(青春対話Ap.18

 

十代のころは、まだ視野も狭く、自分を本当に生かす道を見つけていない。だから恋愛が最高のように思ってしまう。しかし人生は恋愛だけではないのです。女性の本当の幸福は四十代からが勝負です」(同p.19

 

若いうちは男性も女性も互いの人生観も恋愛観も固まっていない。刻々変化する。その変化の中に身を投じて、不変の恋を抱くことは危険なことである。一時的な幸福感のあとに、耐え難い絶望と不信に苛まれることもある。

男子学生から好意を告白されたり、交際を申し込まれたりすると、女子学生はその瞬間からその相手を意識し始めることもある。しかし、簡単に応じるべきではない。

 

私の妻は学生時代に数人の男子学生から交際を申し込まれた経験があるという。物好きな男性もいたものだと思うが、妻は必ず、「そのように言って下さって光栄です。でも私は大学に学びに来ています。もし、卒業してもその気持ちが変わらなかったら、そのときもう一度言ってくださいませんか」と答えたそうだ。そして、結局その数人の誰一人として、卒業してから再度交際を申し込んできた男性はいなかったというのだ。そればかりか、あっという間に別の女性とつきあい始めていたりしたそうだ。その姿を見て、男性とは何といい加減で軽薄なものか。その程度の愛情で交際を申し込んできたのかと、がっかりしたそうだ。易々と交際をしなくてよかったとしみじみ言っていた。

 

まして、女子学生の方から好意を告白するようなことは絶対にすべきでないと思う。21世紀に活躍する女性像は、男性に甘え、依存して生きる女性ではなく、自立した強い女性である。自分を安売りなどせずに、男性を跪かせ、従えるぐらいの強さがあってもらいたい。

 

 また、恋愛と結婚との関係についても、池田先生の考えは明確である。

 

「現在の若い男女の間には、一部に恋愛は恋愛、結婚は結婚というような考え方もあるようだが、古い考え方と思われるかもしれないが、私はこの考え方に賛成しかねる」(青春抄p.101

 

つまり、結婚を前提としない恋愛のための恋愛というものには賛成できないと言われているのである。たしかに、結婚には責任が伴うのに対して、恋愛は往々にして無責任な場合が多い。

 

恋愛は、美しい愛を永遠に持続できてこそ、真実の幸福な実を結ぶものである。「真実な恋愛であるならば、未来に幸福な実を結ぶ希望がなければならぬ。将来をめざしての明るい建設であり、前進でなければならぬ。」(同p.100

 

さらに、池田先生はゲーテの「愛人の欠点を長所とみない人には、真の愛はない」との言葉を引用されている。

出会ったばかりの青年の頃は互いの長所ばかりが見えるのだろうが、人生を共にするとなると欠点にも当然直面する。そればかりか、病気、経済苦、子どもの教育問題、親戚づきあいなど、恋愛時代には想像もしなかった諸問題を抱えていかねばならないこともあるだろう。美しい恋愛ではなく、そうした互いの深き宿業を、何十年もかけて力を合わせて乗り越えていくという泥臭い人生を経てはじめて永遠の愛と言えるのであろう。

 

ちなみに私と妻とは見合い結婚である。波長が合ったのか、互いに即決して結婚した。その意味では妻との間で恋愛を楽しんだ覚えはあまりない。それでも、互いに尊敬と信頼を強く持って共に戦う、いわば戦友のような存在となっている。もう少し互いに恋愛感情のようなものがあってもいいぐらいだと常々話しているほどである(笑)。

 

われわれを恋愛から救うものは、理性よりもむしろ多忙である。」との言葉を残したのは芥川龍之介である(侏儒の言葉)。まさに創大生は、学生時代にはやるべきことがたくさんある。学業を中心に、語学、読書、クラブ活動などに打ち込み、自身を鍛錬してほしい。女子学生は、心の片隅にほのかな淡い恋を抱くことがあったとしても、鍛えの青春という自身の目的を見失わなければ、恋に振り回されたり、苦しんだりすることなく、まっすぐに前進していけると確信する。

 

引用文献

池田大作著 『青春抄』 聖教新聞社 1975

池田大作著 『青春対話A――21世紀の主役に語る』 聖教新聞社 1997

 

参考文献(恋愛に言及されている著書)

池田大作著 『私の人生観』 文芸春秋 1970

池田大作著 『人生抄――池田大作箴言集』 聖教新聞社 1980

 

(創大女子寮出発式挨拶より) 2009.4.29(更新2016.10.26


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