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私のポリシー-理科教育と原発-

1 はじめに

 我々は、交通事故や病気などの様々なリスクに取り囲まれて生きている。とりわけ放射能は、見えない、感じない、すぐに影響が出ないなど、その恐怖は得体が 知れない。2011年3月11日に起こった東京電力福島第1原子力発電所事故の1週間後、国は18日になって食料の暫定基準値を発表した。市民にとっては、 17日までの放射性降下物、大気中の核反応生成物の日データがわからない(または公表されない)状況であった。放射性セシウムに関しては、野菜や米、肉類につ いて1キログラムあたり500ベクレルという、世界一甘い部類の基準になった。国民の大多数はこれを鵜呑みにして、これ以内だと安全であると思っていた。ま た、放射能についても、ベクレルという単位自体もよくわかっていないし、その人体への影響について科学的に理解しているとは到底言えない。すなわち、批判的・ 合理的態度に欠けていることに加えて、そういう知識も少ないように見える。これは、決して国民一人ひとりの責任ではなく、国の理科教育に責任の大部分があると 考えられる。
私は長い間、公立高校の物理教員として勤務した。 そのときは、主として受験物理の指導(問題解き)であった。振り返ってみると、中学・高校の理科の指導について特徴的なのが次の2点である。
 ・科学的リテラシーにつながる指導が、ほとんど行われていない。
 ・生徒が卒業して生活者になったとき、役立つような知識が少ない。

私はこれらの反省に立って、脱原発の立場から、放射能の分析やエネルギー教材の開発を行っている。

2 私の教育改革案-エネルギー単元指導計画の提案-

 戦後に作られた学校区分である6-3-3制が、現代の子どもの発達の実状に合わなくなってきている。小学校高学年(特に6年生)では、男女の差 もあるが思春期に入る児童も少なくない。自民党の教育再生実行本部では、小中一貫校(仮称:義務教育学校)の創設や、6-3-3制を見直し5-4-3制などの 新たな学校区分へ移行させる方針をまとめている1)筆者は義務教育における理科教育の在り方を次のように提案する。 小 学校は5年制、 中学校は4年制とし、生活科の学習内容の半分を理科に含ませて考えたい。
小学校理科教育 1~5学年
 ①学級担任による、児童との人間的関わりを重視する全人的・育成的指導を行う。
 ②様々な体験(野外観察、天体観察、実験、飼育、栽培など)を幅広く豊富に積ませる。
 ③体験した事柄について考察・反省する態度を育成する。
   ・どうなっているのか? 
   ・なぜそうなったのか?
   ・どう考えたらこの事実は説明がつくのか? など
中学校理科教育 6~9学年
 ①教科担任による科学的・専門的指導を行う。
 ②仮説・検証を十分に意識して、物理・化学・生物・地学の各領域の観察・実験をバランスよく実施する。
 ③市民・生活者として必要な科学的リテラシー(科学的に検証する知識・技能・態度・構え)を身に付けさせる。
小学校理科の粒子・エネルギー領域では、自然界が“粒でできている”こと、その粒には“エネル ギーが宿っている”ことが直観的に理解されればよいと考える。
 空気でっぽうの中の圧縮された空気は、エネルギーをもつ空気粒の集団というモデルで解釈されるし、太陽系のような天体すらも、エネルギーをもつ 粒の集団(太陽と惑星)のモデルで解釈される。小学校で体験した様々な自然事象をトータルに解釈できるモデルが“エネルギーを宿した粒の集団”であると考え、その“モデル を身 に付ける”(=自然・世界をモデルで説明しようとする)のが、その段階で獲得されるべき科学的態度である。原子・分子の運動で化学反応を説明したりするような 内容つまり粒子・エネルギー概念の形成とその活用は中学校理科第1分野での主たる学習になる。

小中理科役割分担

現在の小学校6年生を含めて考えてもよいが、中学生の段階になる と福島原発事故を受け止め考察する準備ができているものと考えられる。ここでは、現行の中学校理科教科書2)を参考にして、一つの試案 ではあるが、現在の小学校6年生から中学校2年生あたりの児童・生徒を対象にして、福島原発事故後を意識した原子力・エネルギー学習の単元指導計画を提案す る。それは筆者が勤務する教職大学院の授業科目「教科等の指導開発研究BⅠ(理科)」で、大学院生の西敏明氏がリーダーとなって、篠原知晃氏、奥田和也氏、松 本明子氏によって試作されたものが元になっている。
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単元「エネルギー資源とその利用」指導計画(全5時間)
1時 いろいろな発電方法を理解する-その長所と短所-
 ・いろいろな発電方法(電気がどのように作られているか)を理解させる。
 ・いろいろな発電方法の長所と短所を考えさせる。
 ・コジェネレーションを原理と実例を紹介する。
2時 エネルギー資源の現状と工夫-原発への関心-
 ・電気エネルギーに変換されるエネルギー資源の種類と割合(文献3)の図75など)に目を向けさせる。
 ・事故前と事故後の一年間で使用されるエネルギー資源の割合の比較を行い、その推移(事故後は原発がゼロに)から原発への関心を高める。
3時 放射線について-原発の何が危険なのか、放射線の人体影響-
 ・人体を構成する細胞についての基礎知識を持つ(あるいは復習する)。
 ・放射線被曝について理解する(外部被曝と内部被曝)。
 ・放射線の人体影響について基礎知識を持つ(急性影響だけでなく低線量被曝による晩性影響の可能性も)。
4時 原発事故の現実―事故後、福島はどうなったか―
 ・避難者の写真、汚染地図、原発が水素爆発した映像などから考えさせる。
  主たる問:津波はもう来ないし自分の家もあるのに、なぜこの人たちは避難しているのだろうか? 自分の家の近所に原発が立つとなったらどうするか? など
 ・事故調査委員会などの資料から事故の原因を探り原発への理解を深める。(冷却装置が起動せず爆発して放射性物質が放出されたことをおさえる)
5時 原発のこれからについて―22世紀に向けたエネルギー供給の在り方を考える―
 ・今までの学習を根拠にして、次の2つのテーマで話し合う。
    (1) 22世紀に向かってのエネルギー供給に際し、どのようなことを最優先させるのか?
    (2) 原発は日本で今後も推進すべきかどうか?
この指導計画を一つの参考に、大学生の皆様が教員になられたときにはぜひご自分なりの指導計画を作り実践していただきたいと考える。

参考)
1) 教育再生実行本部:「平成の学制大改革部会」第二次提言、平成25年5月23日(自由民主党)
2) 吉川弘之他59名 著:平成23年2月4日 文部科学省検定済教科書 61啓林館 理科925 中学校理科用 未来へ広がるサイエンス3、啓林館、pp175-178