速記叢書講談演説集 近時図書出版の多き実に昔日に数倍す。然れども大家の講談演説を筆記したるの書冊を世に公けにせる者極めて少なし。偶々之あるも概ね潤飾を加へて漢文の直訳に類せる一種の文体と為せるもののみ。未だ善く大家の講談演説を其の侭に写し取り一読以て居ながらに大家の謦咳に接する思ひ有らしむるものあるを聞見せざるなり。聞く泰西諸国に於ては速記術の世に行はれてより以来雄弁大家の講談演説は聴者をして感動せしむると同時に各地に電伝し以て各地の人をして感動せしむるに至ると。今や本邦に於ても速記術を利用し大家の講談演説をして世に伝播せしむるを得るの好機に際会せり。然るに世尚ほ此の事に従事する者少きは実に遺憾に堪えざるなり。余輩之を傍観するに忍びざるに因り速記術を利用して講談演説を其の侭に写し取りたるものの中に就き世に裨益ありと認むるものを採拾し講演者の許諾を得、逐次印刷に付し以て江湖同好の士に頒たむと欲す。是れ大家の講談演説の一分をして世間に伝播せしむると共に世人をして速記術の妙用を普知せしめむとの微志に出るものなり。読者若し此の書を利用するときは以て直接に講談演説を学ぶの軌範と為すを得べく、以て間接に言語を改良し言文を一致せしむるの媒助と為すを得べきなり。 明治十九年七月          林 茂淳しるす