○真正の改良  明治十九年十一月十八日「[warichu]ノルマントン号沈没事件[/warichu]学術討論演説会」[warichu]東京浅草井生村楼[/warichu]に於て 高田早苗君演説 「あな、おそろしきかな、おそろしきかな、おそろしきかな、心は之を思ふに堪へず口は之を言ふに忍びず」という言葉はシェクスピーヤが曾て申した言葉であります。さて世の中には随分おそろしいことが有りまするが彼のノルマントン号の事件の如きは心之を思ふに堪へず口之を言ふに忍びずといふことであらうと考へまする。苟くも人情あるものは人の死を聞いて悲しまぬものはなく殊に其の悲命の死を聞きては流涕長大息いたさぬものは殆んどありますまい。然るに今や我々同胞二十五名の人はウタカタの泡と消え海底の藻屑と化し而して其のウタカタの泡と消え海底の藻屑と化したのは何の為めである即ち外国人が不注意の為めである否な故意に出でたのであるとありては我々の悲しみは変じて憤怒となるも蓋し当然のことであります。全体我が日本人は友愛のこころに富むで居りまするから此の度の事件が世間に公けになるや否や政府は命を下して殺人罪の告訴を為し人民は競ふて義捐金を募り遭難者の遺族に贈るなど寔に懇切なことである。斯くの如く尽力すれば二十五名の魂魄は定めて地下に瞑するに違ひなし。併しながら私の考へまするには今このノルマントン号のことに付て我々が共同して二十五名の人の不幸を悲しみ又外国人の不道徳なるを怒ツて其の罪を鳴らしたからとても其れで我々が満足するといふことは出来まい。我々は[rrubi]なぜ[/rrubi]何故斯くの如き事件が起ツたか何故斯くの如き不幸なることが起ツたか外国人は何故斯くの如く乗客につらきことをしたか二十五名の人は何故斯くの如く不幸な目に逢ふたかといふことを沈思黙慮するが必要のことであらうと考へる。諸君は如何にして斯くの如き不幸なことが起ツたとお考へなさるるか。私は何か此のことには隠然たる原因が無ければならぬ無形の原因が無ければなるまいと考へまする。私のおもへらく、此の度の事件の大原因は「軽蔑」といふ二字に過ぎないことであらう。即ち彼等は我々を軽侮するの心あり彼等は我々を軽蔑する心あるのが此のことの原因となりしに相違なし。諸君試みに思へ。若しノルマントン号の船長が我々日本人民を西洋人と同等の人間と見しならば斯くの如き事件は起り得べきや。私はあまり船乗につきあツて見たことは無いが其の最も義侠の心に富むで居るものなることは世間の既に認めたる事柄である。而して人といふものは災難の場合に当りて殊に義侠の心を生ずるものなること論ずるを挨たず。且船長は幾多船客の生命を保護すべき責任のあるものである即ち当時の主人の地位に立ちて居るもの重大なる責任のあるものにして平常はこの義侠の勇気に富み殊に危難の場合に臨み義侠心の発達するものなることを考へ而して二十五名の我が同胞を棄てた放擲したウッチャッタといふ所から見たときには如何にしても彼等は我々を軽蔑したものなりと考へるより外はない。彼等は実に我々日本人を同等の人間と思はぬに相違なし。若し彼等にして我々を同等の人間と考へたるならば其の平常、義侠に富むの商売柄から考へてみても決して彼の様な事件は起こらぬ筈であらう。否な斯くの如き挙動は人情の上ドウしても出来あたはざる所であらうと考へまする。 つらつら歴史を案ずるに昔し羅馬の盛んなる時代には「朕は王なり」といふよりは「われは羅馬人なり」といふ方が遥かに世間に尊まれたといふことである。諸君今試みに、この王の如く尊まれたる羅馬人がノルマントン号の乗客なりしと考へよ。若し羅馬人にして彼のノルマントン号の乗客でありしならば船長の処置に決してこの様なつらきことは無からうと思はれます。畢竟するに二十有余名の同胞は羅馬人の如く尊敬されざるは勿論、英人の如く尊敬さるること無く米人の如く尊敬さるること無く船長及び乗組員の心中しらずしらず軽悔のこころ有りたるが為め斯くの如き事件が起ツたものといはねばならぬ。蓋しこれが為めに我々同胞二十五名の人が斯くの如き非命の死を遂げたものであらうと考へる。若し果して、さうだとすれば我々今の際に当りて啻に二十五名がウタカタの泡と消え海底の藻屑と化したる不幸を悲しむのみならず啻に訴訟を起こすのみならず啻に義捐金を募集するのみならず、外に多くの考へが無くてはなるまじ。即ち我々が斯く軽蔑されたる原因を深くたづね遠く慮り遂に軽蔑されぬ様な計画をめぐらすが最も必要であらうと考へる。 然らば何故日本人は斯く軽蔑されるかといふに其の原因は二つあらうと思ふ。其の一つは何であるか。兎角日本人は[rrubi]まじめ[/rrubi]真面目でないことが一つの原因である。即ち日本人は怒ることもするが併しながら長く怒ることは出来ない。奮発することもするが長く奮発することが出来ない。我々日本人は索撒人種の如く長く耐へることの出来ないといふのが、これぞ日本人が外国人から軽蔑を受くる原因であります。今一つは何なるか。日本の国情が外国に通じないのである。これが矢張り彼等より軽悔軽蔑を受くる原因でありませう。 まず第一に何を証拠として日本人は真面目でない強情でない頑固でないといふかとの疑ひがあるかも知れぬが、これは直ちに分ることで日本人民は忽ちにして封建制度を覆へし忽ちにして西洋の開化に酔ひ忽ちにして改良を主張し忽ちして改革を計画し而して採長補短の斟酌なく保守して而して進歩するの覚悟なきことは二十余年の変遷でよく分ッて居ります。西洋各国の歴史を見まするに何れの国にても一事の改革をはかるときには必ず二三の反対のあるものであるが我が日本は然らず。苟くも改良といひ仮りにも改革といへば一人も疑ふものもなければ反対を試みるものもなくて直ちに之に雷同し、また直ちに之を打ち捨ててしまふ様です。今之を[rrubi]けだもの[/rrubu]獣に例ふれば日本人民はヤマアラシの様である。英吉利人は獅子の様な勇がある、魯西亞人は虎の様な威があるが日本人はヤマアラシの勇気も無い。即ちチョイとツッツクとプーと怒る。怒ることは怒るが長く耐へられない。日本人はヤマアラシであるから支那人の豚にも劣ることがある。支那人は豚であるから苟くも利があると見たなれば必ずそれを外さない。糞汁も厭はない芋のシッポも嫌はない。日本人は清潔を好んで矢鱈無性に威張りたがるが獅子の様な勇もなければ虎の様な威もないと考へる。これが即ち軽蔑を受ける一つの原因である、賎しみを受くる所以でありまする。 日本の國情が西洋に知れて居ないのがこれ亦軽蔑の一原因であります。私は固より日本人であるから斯くひどく攻撃する様なもののこれは即ち日本人を警戒するが故であツて拠ろのない話し。日本だからと申しても制度文物の外国に優らずとも劣ることなきものがイクラもある。日本は野蛮の國デハ無い。二千年來特別の開化をして居るから國情さへ西洋へ通ずれば感心させるものは尠なくない。然るに外国に遊んだ人の話しを聞くに西洋で日本の実際の有様を知ツてる人は萬人に一人も無いは勿論、日本はドウいふ國やら日本は支那の属國やら更に分らぬさうであります。國の実況が分らず國の名さへも知らぬ様では軽蔑も無理はない。ノルマントン号の船長が不取扱いなしたのは固より無理のないことであります。 斯くの如く一方に於ては日本人がうつりやすく真面目でないといふことも、また一方に於ては我が日本の國情が知られぬといふことがノルマントン号事件の起るべき大原因となツたのであらうと考へる。若し果して然るなれば此の大原因たるところの弊を矯め直さねばならぬ。私が示したる二個の要点に非常の改良を加へねばなりませぬ。然らば如何なる改良をしたならば日本人は真面目になり得べきか。私は宗教の力に依るの外に方便あるまじと思ひまする。日本人が保守の心尠なく物事に耐へられないのは宗教が衰へたからである。古への日本人には非常の豪傑があツて武蔵坊弁慶の如き人もあれば加藤清正の如き人もある。なるほど弁慶は腕力があツたかも知れないが併しながら弁慶があの様な豪傑なのは概して信仰心の然らしめたものである。清正が非常の武勇を現はしたのは矢張り信仰心の然らしめたのである。即ち弁慶が天台の宗旨を信仰し清正が法華宗を信仰したればこそ固く信じて疑はず百折不撓の精神が出るのでありませう。皆な宗教信仰の深き故であります。また弘法大師の如き日蓮上人の如きものを見るも其の通りである。今試みに諸君が森林鬱蒼たる高野山に上ることあらむに心中に於て「かかる深山に分け入りて、この山を開きしは、さぞ困難なことなりしならむ」と弘法大師の非凡なるを感ぜられるるに相違なし。而して日蓮記を読んで見ても昔しの人が物事を深く信じて疑はざるところは明治今日の我々が及ぶところで無きことが明瞭であります。斯くの如く昔時の人は宗教を信ずるが故に気力あり今時の人は之を信ぜざるが故に気力なし。さすれば日本人を真面目ならしむるの手段は宗教を盛んにするにあることは明瞭でありませう。 次ぎに日本の国情を外国に知らしむる方便は何かといへば英語を盛んにするのであります。前段にも申したるが如く日本人は浮簿の本性を備へ居りまするが大改革を行ふには最も適当の人民であります。即ち国語を変ずるといふことは他国にありては最もむつかしきことなれども日本に之を実行するは、さまでむつかしきことではありますまい。設令全国を挙げて英語を談ぜしむるは、むつかしきこととした所で上流社会に英語を談ぜしむるは、さまでむつかしきことではなし。而して西洋人と交際し西洋人をして日本の国情を議らしむるの地位にある者は無論、上流社会なれば、この社会のみ英語を話し英文を草し英語を以て著述し英語を以て演説すれば我々の目的は達するのであります。 之を要するにノルマントンの事件は悲しむ可し憤る可しと雖も其の遠因は軽侮にありて斯くの如き軽侮を受くるは気力足らずして国威揚らざると言語通ぜずして国情の傅はらざるとにあることなれば啻に殺人罪の告訴を以て満足せず啻に義捐金にのみ熱心せず其の根本に注意して真正の改良に従事するが肝要と考へまする。 市東謙吉筆記