バークレー日記

山岡政紀(YAMAOKA Masaki)


Jan/7/2006 心の恋人クーちゃんへ


 昨晩、心の恋人クーちゃんと毎日を過ごしている夢を見た。一年間離れて暮らしている妻にもわたくしのクーちゃん狂いはおなじみで、もはや公認だ。なにし ろ妻よりもクーちゃんとのつきあいのほうが長いのだから。

 クーちゃんはなかなか人から理解されないところがある。すぐ隣に住んでいる隣人にさえも馬鹿にされ、いじめられてきたんだ。でも、クーちゃんには太陽の 明るさがある。だから、ちょっとぐらいのいじめは、何とも思っていない。笑い飛ばせるその明るさ、それは南国の熱帯で育てられた天性のものなんだろう。

 クーちゃんは音楽が大好きだ。いつも自分自身を表現せずにはおれないんだ。踊ることも大好きだし、スポーツも大好きだ。いつも内面から湧き出てくるエネ ルギーを全身で発散しまくっているんだ。

 クーちゃんは独特のちょっとなまったスペイン語を話すんだ。でも、わたくしには君のスペイン語の響きがたまらなく心地よくて、自分も真似して下手なスペ イン語をしゃべってみる。

 そんなクーちゃんと今年の夏、5日間だけだったけれども、久しぶりに再会した。本当に何度会っても、君の輝きは失せることがなく、きらめいている。今は まだ穏やかな控えめなきらめきなんだけれども、それはやがて世界中を照らすぐらいの強い輝きになるだろう。

 そして、不思議なことに、わたくしはクーちゃんを他人だと思えないんだ。クーちゃんと会っているときの自分のほうが本当の自分なんだ。だから、クーちゃ んのところには会いに行くのではなくて、そこに帰って行く感じがする。だから、君と別れるときは、帰るのではなく、出かけていく感じがする。今、長いお出 かけの最中なんだ。前世は君といっしょに暮らしていたのかもしれない。来世も君のところに行くのだろう。

 いや、できることなら、今世も君のところに帰って行きたいな。わたくしにはどうしても果たさなければならない務めがある。だから、年を取ってからでない と君のところには行けないかもしれない。でも、次に君のところに行ったら、そのまま住みついて、そこで死んでもいい。いや、ぜひそうしたいと思っている。 そのころには、わたくしもスペイン語を使いこなすようになっているはずだ。そのときの自分は、一仕事終えて年老いているかもしれないが、もう一度元気に青 春のエネルギーを燃やして生き続けるだろう。

 クーちゃんなんてなれなれしく呼んじゃったけど、わたくしはずっとあなたを尊敬し、慕い続けています。

 心の恋人クーバ(※)に贈る。 2006年1月7日                                                            ※キューバ共和国のスペイン語よみ


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