バークレー日記

山岡政紀(YAMAOKA Masaki)


Nov/16/2005 TVを楽しむ


 わたくしは今、ホームステイなどではなくアパートで一人暮らしをしている。しかもわたくしは一日の多くをこの自宅での研究に費やしている。だれとも話さ ないその空間は、日本と何ら変わらない。図書館にもよく行くが、当然ながら私語禁止なので、だれとも話すことはない。したがって、自分はアメリカにいると いっても、日常はそう長い時間英語を話すわけではないのだ。

 そこでせめて、自宅でも英語に触れる環境を作ろうと思い、6月のある日、テレビを買った。アメリカでは有線のテレビ放送が普及していて、アパートの各部 屋にもケーブルが来ている。何も知らないわたくしは、買ったばかりのテレビをアパートに持ち帰ってすぐにケーブルにつないでみたのだが、放送を受信してい ることがわかる程度で、目が悪くなりそうな霜降りの画面と全く聞き取れない雑音しか流れてこない。あとで聞いてみると、有線放送の会社と契約しないと、こ のケーブルから放送は流れてこないのだそうだ。そう言えば、うちのアパートに限らず、周辺のアパートの屋上にも住宅の屋根にもアンテナらしきものが見当た らない。結局、テレビ放送は、アンテナで受信するよりも有線で受信するのがアメリカの主流なのだそうだ。

 幸い、いざというときのためにと、卓上アンテナをテレビといっしょに買ってあったので、ケーブルをあきらめてこの卓上アンテナをつないでみたところ、 10種類ぐらいのチャンネルが何とか受信できた。ただし、そのうち十分見られると思えたのは、9チャンネルと26チャンネルの二つだけで、あとは目が悪く なりそうな画像ばかりだったので、結局今もほとんどこの二つのチャンネルしか見ない。有線放送と契約をすれば、どのチャンネルも鮮明に見えるようになるほ か、有線でしか電波を流していないチャンネルもいくつかあるらしい。しかし、自分としてはこの二つのチャンネルで満足している。

 26チャンネルKTSFは、ベイ・エリアの ローカル放送で、アジア系住民のために、中国語、広東語、コリア語、ベトナム語、タガログ語、日本語の各放送 局に時間を区 切っ放送権を与えている。日本語放送は東京テレビという放送局が行っている。毎晩11:30からNHKの日本語ニュースを放送するので、わたくしはこれを 毎日見ている。英語のリスニングの勉強にはならない が、何だかホッとする憩いの時間である。日本で同日付の夜7時のニュースからの抜粋らしく、内容的にはちょうど一日ぐらい遅れて流れる。この放送局は土日 の夜8時以降はずっと日本語放送となる。これもウィークエンドの楽しみである。「電車男」というドラマもつい最近まで放送していた。ウェブサイトの番組表 に"train man"と書いてあったから、てっきり映画「鉄道員(ぽっぽや)」のことかと思ったら、全然違っていて、現代的な恋愛ドラマだった。
 毎週土曜の深夜0時30分から「人造人間キカイダー」が放送される。わたくしが小学生の頃に、ちょうど「仮面ライダー」と同時期に流行った、同じ石ノ森 章太郎氏による変身ヒーローものだ。日本では「仮面ライダー」ほどの人気にはならなかったようにも思うが、アメリカではいまだに根強いファンがいるらし く、DVDも売られている。日本語放送だが、英語の字幕が出るので、瞬時に英文を視覚的に読む練習にはなる。そもそもこんな深夜に子供が見るのだろうかと 思うが、わたくしは童心に帰って毎週楽しんでいる。

 9チャンネルKQEDの方は全国 ネットであるPBS系に属する地方局である。子ども向けのアニメーションが英語も易しく、楽しみながらリスニングのいい 練習になる。わたくし がよく見るのは「ドラゴン物 語」というアニメだ。エミーとマックスという姉弟が、 "I wish, I wish, with all my heart, To fly with dragons in a land apart."呪文を唱えると異次元の「ドラゴン・ランド」に飛 んでいくことができる。 二人は、そこにいるドラゴンたち(竜というより恐竜のような体形だが)と大の仲良しで、いっしょにいろんな遊びをしたり、いろんな冒険をしたり、いろんな 生き物と出会ったりしながら、楽しい時間を過ごし、ひとしきり遊んだら、今度は "I wish, I wish, to use this rhyme, To go back home until next time."と 呪文を唱えて、もとの家に戻っていく。ドラゴンたちと二人の姉弟の心の交流が何 ともほのぼのとして、優しさと思いやりにあふれたアニメである。子どもの情操教育にとてもいいアニメだと思う。ときどきコロンビア出身のエンリケという友 だちがいっしょにドラゴン・ランドに行くことがある。エンリケがスペイン語の歌や表現をみなに教えたりする場面などは本当に楽しい。
 また夕刻6時からのニュースもなるべく見るようにしている。やはりイラク戦争に関する話題がいちばん多いように思う。主要なニュースはウェブサイト上で 文字化して流してくれるので、よく聞き取れなかった箇所はあとで確認できるのも利点だ。

 そのほかの番組はほとんど見ないが、一つ驚いたのは「クイズ・ミリオネア」だ。日本のフジテレビが放送しているのと、四択の出題形式が全く同じ、三つの ライフ・ラインも同じ、BGMも、スタジオ内の配置や雰囲気や照明も、何から何までみな同じなのだ。強いて違いを探すとすれば、司会がとてもさわやかな金 髪の美人女性で、みのもんたさんのように「ためない」ことぐらいだろうか。それでも"Final answer?"ときくのは同じだ。おそらく、フジテレビの方が真似たのだろうが、「みのだめ」だけはみのさんのオリジナルなのだろう。
 この番組を見る利点は、純然たるアメリカ国内の放送なのに、問題と解答の選択肢が文字で表示されるので、われわれ外国人にとっては字幕のような効果があ り、助かる。よくわからない単語が出てきたら、テレビを見ながら辞書を引いたりできる。
 各回答者の最初の問題は、やはり日本と同じで本当に簡単な問題である。「オリンピックの競泳の種目にないのはどれ?」という問題で、選択肢が「A: Breaststroak, B: Butterfly, C: Backstroak, D: Sidestroak」というような、人を喰っているとしか思えないようなものだったが、何とこのときの解答者のご婦人は「オーディエンス(観客の意見を 投票で聞く)」を要求したのだ。結果、98%の観客がDに投票し、解答者もDをコールして正解となったが、オリンピックでなくても、横泳ぎの競泳など見た ことがないので、一人で大笑いした。
 全問正解の最高賞金額が番組名のとおり、ミリオン・ダラー(100万ドル)となっている。日本のは1000万円だったはずだから、もう一桁上に当たる高 額だ。このあたりはアメリカ特有の富の偏在を象徴しているようにも思える。

 日本にいたときは日頃忙しくてなかなかテレビを見る時間がなかったが、こちらではゆっくり見られてうれしい。テレビがあるおかげでいつでも自分はアメリ カにいると実感できる。おかげで英語の音にもかなり慣れる ことができた。単に聞き取れるかどうかという問題よりも、たとえ日本にいた時から聞き取れたような簡単な言い回しであっても、実際に日常生活の喜怒哀楽を その英語で表現しようという感覚を持てるかどうかは別問題だ。その意味で、英語の日常に接しさせてくれるテレビの効果は、実は非常に大きい。テレビを買っ たことは正解だったと思っている。


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