山岡政紀 書評集
『マダガスカル鳥類フィールドガイド』 山岸哲編著/増田智久・H.ラクトゥマナナ著/海游舎刊/1997年11月25日発行/2400円
アフリカでどこか行きたい国はあるかと問われれば、迷いなく「マダガスカル」と答える。アフリカと言えば、大陸というイメージがあるが、マダガスカルには、島だからこその、大陸にはない固有の文化がある。もちろん、アフリカ大陸近海の島はマダガスカルだけではない。インド洋側にはセイシェル諸島、大西洋側にはカナリア諸島と、夢のように美しい島々がアフリカ大陸近海には数多く浮かんでいるが、私にとってはやはりマダガスカル級の島、つまり、大きさも中規模で、かつ独立国であるような島に、なぜか格 別の親近感を覚える。わが日本だってアジア州近海の島だし、わたくしの大好きなキューバもアメリカ大陸近海の島だ。どちらも中規模の独立国。この共通性に親近感の理由があるのかもしれない。
何となく親近感を抱いていたマダガスカルだが、ある日、そこに棲息する鳥類のことを詳しく解説しているテレビ番組(NHK教育)をたまたま見 た。画面には美しい鳥の写真や映像が次々と映し出され、魅了された。解説をしていた山岸哲京大教授が番組の最後に自著を紹介した。その本、『マダガスカル 鳥類フィールドガイド』は、コンパクトで美しい、鳥のカラー図鑑だった。私はその本がたまらなく欲しくなって、後日、新宿の紀伊国屋で探したところ、すぐに見つかった。本を買って嬉しいと思うことは珍しくないが、この本は買ったときだけでなく、持っていてずっと嬉しい、そういう貴重な本である。
マダガスカルの特徴と言えば、自然が豊かなことだ。この島の植物の80%は地球上でここにしか見られない固有種で、動物でも、は虫類と両生類の90%、 鳥類202種のうちの105種(52%)はやはり固有種なのだそうだ。山岸氏はこの島を「生物のワンダーランド」と呼んでいる。鳥など、空を飛べばどこへ でも行きそうなものだが、この島にだけ居ついて余所へは行かない鳥が105種もいるというのだ。本書をめくってみてもわかるのだが、マダガスカルの鳥類は比較的小型のものが多く、いわゆる渡り鳥ではないらしいのだ。
本書によれば、マダガスカルが大陸から離れて島となってから8400万年経つという。その間、まさに気が遠くなるほどの長い年月のなかで、他に類を見ない固有の進化を遂げた生物が、この島を唯一の住みかとして生きているのだ。
マダガスカルの人々は、この豊かな自然と共生し、むしろ誇りとして大切にしている。本書の巻末には、大自然の尊厳に畏敬の念を向ける山岸教授の研究プロジェクトに、心あるマダガスカル人が喜んで協力し、参画したことに対する謝辞が収められている。自然の豊かさそのものは文化ではないが、自然と共生して生きる人々の心の豊かさは、立派な文化である。冒頭に「大陸にはない固有の文化」と述べたのはそのことである。
この図鑑では各ページに1羽ごとの鳥の写真が収められている。それらは、まるで熱帯魚のように色鮮やかなものが多い。全身きみどり色のマダガスカルホトトギス、青い光沢のあるアオジカッコウ、えんじ色の胴体に黄色いくちばしのアフリカブッポウソウなどが、特に目に留まった。自分が鳥の図鑑をめくって楽しむ趣味があるとは全く知らなかったが、そのことに気づかせてくれたのがこの本である。
もう一つ、私自身のマダガスカルに対する憧憬を呼び起こした写真が2枚、この本には収められていた。それはバオバブの木の写真であった。太い幹の高木で、高い位置に飾りのような枝と葉がある。サルでもこの木には登りにくいだろうと思うような太くて高い幹。乾燥した気候にふさわしい、サボテンの樹木版とでも言うべきか。とにかく、その外見の姿が妙に私を楽しませてくれる。本物のバオバブをこの眼で見たいと真剣に思う。マダガスカルの地に飛んでその喜びを味わえるのはいつの日か。恋い焦がれるような思いである。
写真に添えられた説明文はすべて、日本語とマダガスカルの公用語であるマラガシ語の二言語で書かれている。マラガシ語はインドネシア語やフィリピン語などと同じくオーストロネシア語族に属するので、アフリカと言うよりアジア系の言語である。マラガシ語が理解できる日本人はほとんどいないはずだが、敢えてマラガシ語の説明を入れたのは、現地の青少年に、この本を手引きとして鳥たちに親しんでもらいたいとの願いによるものだと、山岸氏は序文に記している。マラガシ語の文章はマダガスカルから京大の山岸氏の研究室に留学していたラクトゥマナナ氏による。マラガシ語には固有の文字がないため、ローマ字で記されている。もちろんわたくしにはさっぱり読めないのだが、その音の響きをなぞって読んでみると、何となくだがマダガスカルの人々の声が聞こえてくるような気がする。
地球環境破壊が進むなかで、われわれ人類は豊かな自然を、わたくしたちの孫子のためにも守っていかねばならない。マダガスカルの生物群の行く末はそうした環境保護の指標となるであろう。山岸氏はNHKの番組の最後に「今ならば『マダ助カル』です」と駄洒落を交えて自然保護を呼びかけた。できることなら、かの地を訪れて、この美しい鳥たちに会ってみたいものだと思う。そしてこの本を持参し、飛び交う鳥たちの名前を、現地の人々とともに、この図鑑でたしかめたい。そんな夢を遥かに抱いている。そのときまで、そして、永遠にこの美しい鳥たちが生きつづけていることを願わずにいられない。
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