書評集No.51


『フロイドを読む』 岸田秀著/1991年3月15日発行/青土社刊/定価1600円


 岸田の精神分析的自叙伝とも言うべき書。少年期、青年期の彼は、借りていないはずの借金を返さなければいけないとの脅迫観念に悩まされたり、ついつい親に連絡もせず外泊してしまったり、等、自分を異常と認めるに足る症状をいくつも持っていた。彼はフロイドの著作に出会ったことによって、自己の異常さの本質を理解するに至った。それは老後の世話を息子に期待する母親の過度な依存心から解放されたいという無意識だったと分析している。
 岸田の諸著は読物としてはおもしろいが、学術書としては価値が低い、等の批判をしばしば耳にする。しかし、岸田の著作を通して自己分析した読者が、かつて彼がフロイドの著作を通して己の症状を自覚することに喜びや安堵を感じたことを追体験できるのは事実である。この体験が切実なものであればあるほど、その”学術的価値”を論じること自体が無意味に思われてくる。自己を探求することの価値は文学的でさえあるのだ。
 



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