富や栄誉を欲さなかった「人間ウィトゲンシュタイン」の、生への宗教的信条を見出そうとする意欲的な一書。
彼の代表的著作である『論理哲学論考』は、九割を占める「論理形式」の理論と、一割程度の「倫理・価値」等の形而上学的問題への言及とに大別される。彼の名声は一般に前者の厳密さへの評価であるのに対し、真に彼にとって貴重だったのは後者であると本書は主張する。それは、言語の世界の外側なる「語りえないもの」であった。
彼は、参戦した第一次大戦のさなかにトルストイの『要約福音書』に出会い、神によって生きることの意味を与えられ、死を達観して優秀な軍人として活躍する。この経験が彼を変え、「今生きている一瞬一瞬に全力を尽くすことで、永遠の中に生きる。現在の中に存在しない死に対して恐怖を抱きはしない」とする彼の生き方を決定づけたという。彼は哲学を、価値とは無関係な論理や科学の世界に閉じ込めることを嫌い、自らの生の中に信念を実践したある種の信仰者だった、との主張は実に説得的である。