山岡政紀 書評集


書評『ハングル 未来への架け橋』 梅田博之監修、佐伯民江著/朝日出版社/2010115日 発行/定価2000円/ISBN 978-4-255-55615-4


 本書は、著者が英語教育の韓日比較をテーマとして学位論文で韓国の大学(高麗大学)より博士号を取得した人物であるというところに特色がある。なぜなら、英語教育分野では既に充分に知られている「コミュニカティブ・アプローチ」という教授法を念頭に置いて編纂されているという点で、貴重な初級韓国語教科書だからである。

 「コミュニカティブ・アプローチ」と言っても会話練習に特色があるというよりも、一つ一つの表現の文脈依存性を意識的に習得させるために、「言語と対人関係」や「言語と文化」と題するコラム的記事を通して、各表現の文化的背景が詳しく記されているのが特長である。

 例えば、日本語の「いただきます」は主人も客も用いるが、これに当たる韓国語の「チャールモッケッスムニダ」は招待された客側のみが用いる。ここでは「いただきます」の方が使用文脈の領域が広い。日本語の「私達」に相当する韓国語は「ウリ」だが、韓国では一人っ子でも「ウリオンマ(我々の母)」と呼ぶという。この場合は韓国語の「ウリ」の方が使用文脈の領域が広いわけだ。

 このように、本書は文化と言語を一体のものとして教えることを意識した教科書である。特に、コラムの「韓国の苦痛の歴史」の項では日韓併合時代の植民地支配にも率直に言及し、当時の韓国の人々が日本語教育を強制された史実を明記した点は特筆に値する。若い日本人観光客が韓国旅行で日本語を上手に操る老人と出会って「日本語が上手ですね。どうやって学ばれたんですか」などと無邪気に言い放つ無神経さを戒め、警鐘を鳴らしているのである。

 外国語を学ぶには、その言語地域と言語話者の人々への敬意がなくてはならない。まして、韓国は日本にとって文化を伝えてくれた大恩の国である。それを仇で返したかつての日本軍の子孫であるわたくしたちが韓国語を学ぶには、そうした過去を乗り越えてこそ、新しい真の友好の未来が開ける。本書はとても大切なメッセージを伝えてくれていると思う。


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