山岡政紀 書評集
『自分が源泉 ビジネスリーダーの生き方が変わる』 鈴木博著/創元社刊/2008年11月10日発行/1400円/ISBN978-4-422-10080-7
中小企業経営者研修SEEを主催する潟Vナジー・スペースの代表取締役である鈴木博氏がSEEのなかで行ってきた、企業経営者の意識改革のエッセンスをまとめた本。鈴木博氏は1989年に同社を設立し、当初は主として個人向けの自己開発トレーニングを中心に主催していたが(評者も92〜93年に受講経験がある)、95年にSEEを開始し、現在はほぼこれを中心に運営している。
内容は心理学・交流分析の手法を応用したもので、大ざっぱに言えば、人間は誰でも成長過程で無意識のうちに常識的な思考法に制約されていくものだが、言葉を使った交流分析によってそうした自身がとらわれている思考の制約を自覚し、それを自由なものに解放していくことで、大胆な発想の転換を図っていこうとするものと言えるだろう。
評者が経験したトレーニングにおいても現在の経営者研修SEEにおいても、参加者に強く勧められている生き方が、書名の「自分が源泉」である。順調な経営を阻害している諸要因を「自分が源泉」の立場を取ることによって変革させていこうとする。
筆者は、がん治療に心理療法を採り入れたことで知られるサイモントン博士とも親交があったようだが、サイモントン療法とは「がんは『自分が源泉』で創ったものだ」と理解することで、だからこそ「それを克服するパワーと影響力も自分の手元にある」という信念への発想の転換をするものだという。
この「自分が源泉」を組織に置き換えて、あなたの会社の「がん」は誰ですかと問う・・・・・・ミスばかりする女子社員、社長(息子)の意見を聞かないワンマン経営者の会長(父)、傲慢ですぐに感情的になる取引先の部長、等々、自身の周囲にいる思い通りにならない存在を、どれも「自分が源泉で創っている結果だとしたら・・・」と仮定し、その立場から事実を受け取ってみようと促す。自分が源泉で創っているのだとすれば自分が変えられるはずだ、そう信じることで相手を変えさせていくだけの自分の変化をもたらすというのである。
何人かの歴史的人物の生き方にも「自分が源泉」は表現されていたという。J・F・ケネディの大統領就任演説のなかで、「わが同胞のアメリカ人よ、国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国家のために何ができるかを問おうではないか」と述べた鮮烈なメッセージもまた、「自分が源泉」を問いかけたものである、と。
ユダヤ人であったがゆえに、ナチスによって強制収容所送りを体験した精神科医V・フランクルは、その衝撃的な体験を綴った『夜と霧』のなかで、人間の尊厳を完全に奪われたような極限状態でさえ、自身の心に於いて尊厳を保ち続ける人の姿を通し、その生き方を「人間の最後の自由」と呼んだ。これもまた、「自分が源泉」の生き方だとしている。
このほか、マザー・テレサの生き方など、取り上げられている事例一つ一つが感銘深い。ビジネスとは全く異なる世界に生きる評者にとっても、そうした良き先人の生き方を学ぶというだけで読み応えのある本である。
「自分が源泉」の立場を取るためのトレーニングとして言葉の使い方を変えることが勧められている。例えば、「〜のせいで、……された」ではなく、「(自分が源泉で)……した」と言うこと。「……できない」のではなく、「(自分が源泉で)……しない」のだと言うこと。このような言葉のトレーニングで発想を転換していくことは、ビジネスの分野では大いに効果をもたらすことだろう。
もっとも、これを人生の生き方として貫いていくには、言葉だけでなく、強靱な意志と生命力が必要であり、それを支えるのは何らかの宗教的信念と宗教的実践を持ってしかあり得ないのではないか──それが評者の偽らざる実感である。