山岡政紀 書評集


『ネイティブが判定! イケてる英語 イケてない英語』 デイビッド・A・セイン著/潟Aスコム刊/2006年8月15日発行/定価890円

 青い子ブタは日本生まれ、日本育ちのトン吉。赤い子ブタはアメリカ生まれの帰国子女、ブタ代。この二匹の子ブタが登場するオールカラーの絵本風英会話ガイドがこの本だ。英会話本としては、なかなかユニークで楽しい本である。

 トン吉が話す英語は文法的には間違っていないのだが、すべて学校で習った堅い英語、すなわちイケてない英語(Not Smart English)で、それに対してブタ代の英語は、ネイティブ・スピーカー(母語話者)らしいこなれた英語、すなわちイケてる英語(Smart English)だ。青いトン吉のイケてない英語は青字で、赤いブタ代のイケてる英語は赤字で記されていて、視覚的なコントラストがつけられている。

 ページをめくってみると、まず、機内でのあいさつ。トン吉は"How are you?"と言うが、これはイケていなくて、ブタ代の"How are you doing?"のほうがイケているという。
 次のページ。ほかの乗客が荷物を棚に入れようとしているのを手伝うとき、"I'll do it for you."はイケてなくて、"Allow me."がイケてる。窓側の席の乗客が前を通ろうとして、"Could you let me get by?"と言ったら、返事は"Yes."ではなく、"Certainly."がイケてる。

 評者は1年間、アメリカ西海岸での滞在を経験したが、実際に肌で英語を体験してきた者がこの本を読むと、ナルホドナルホド、本当にそのとおりだと思うことが多い。現地に行って最初に"How are you doing?"と言われたときは、今の自分の行動について尋ねられているのかと思ったが、何回か言われているうちに、これがアメリカでの自然なあいさつ表現なのだとわかったものだ。"Allow me."や"Certainly."も、「そうそう、本当にみんなそう言っていた」とうなずける。著者がネイティブ・スピーカーであるから、この本の「イケてる英語」が信頼度の高いものであることはある意味当然なのだが、日本人が言いがちな「イケてない英語」の実態もよく把握したうえで、両者を対比させているところがこの本を価値あるものにしている。

 ただし、一言付け加えるならば、英国人や他の英語話者のことはともかく、アメリカ人に限って言えば、彼らは外国人の不自然な英語に対してもたいへん寛容な人たちである。英語力が完全ではない人はアメリカには大勢いるので、文法が間違っていようが何しようが、とにかく意味が通じさえすれば、いちいち意に介しない。まして不自然な「イケてない英語」など、せいぜい、ああこの人は英語が第二言語の人なんだな、とか、この人はまだ滞在歴が浅いのだな、と思うぐらいのことだろう。だから、ここで「イケてない英語」とされている表現を話したら恥をかくなどとガチガチに考える必要はない。

 つまりこの本は、ある程度英会話能力を身につけた人が、自身の英語能力を、より洗練された自然なものに、楽しみながらブラッシュアップするのに好都合な本と言えよう。実際にネイティブ・スピーカーと英語で会話する機会が多い人が、そのときに肌で体験した自然な表現を、フィード・バックして自分のものにするのにも有用だろうと思う。まちがっても、この本を丸暗記して、何が何でも自分は「イケてる英語」を話すぞ、などと肩の力が入ったのでは、この本の著者のねらいに逆行してしまうことだろう。


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