山岡政紀 書評集


『ラテン語のはなし 通読できるラテン語文法』  逸身喜一郎著/大修館書店刊/2000年12月15日/2500円


 いまどき大学でラテン語を学ぶ学生と言えば、西洋哲学専攻か西洋史専攻ぐらいしかいまい。そうした専攻を好んで取った奇特な学生でさえ、ラテン語で書かれている古典の内容の格調高さゆえか、ラテン語そのものもとっつきにくいという印象をぬぐいきれないことだろう。それにしてもラテン語の教科書はどれも気難しそうな表紙を着飾って、簡単にはものにできないぞ、という表情をしているものだ。

 その点、本書はラテン語関連の書籍としては異例なほど、親しみやすい体裁である。教科書のように体系的に編まれているわけではないが、ラテン語で行き詰まった哲学生に肩の力を抜かせるには、本書はもってこいだろう。それどころか、哲学にも西洋史にも特別な関心がない人にも、本書は快適な知的刺激を与えてくれることと思う。

 本書は冒頭から一貫して「ラテン語は死語ではない」ことを主張している。ヨーロッパ文化の中で生き続けたラテン語には、現代日本人にもなじみのある言葉がいくらでも見いだせる。例えば、午前・午後を意味するa.m.とp.m.は、それぞれラテン語の ante meridiem と post meridiem である。楽譜なしの演奏や原稿なしのスピーチを「アドリブ」と言うが、これもラテン語の ad libitum を略したもの。占星術の星座名もラテン語だ。英単語の語源となっているものも多いだけにラテン語は意外に身近なところにある。

 このようになじみのあるラテン語を入口にして、その音韻や文法について語っていく手順はなかなか読者にとって親切である。例えば、将軍カエサルの名前の読み方を、英語のシーザー、フランス語のセザール等と対比させることで、ヨーロッパの各言語の音韻特徴を述べている。また、有名なデカルトの命題“cogito, ergo sum”を例にして、英語のbe動詞に当たる存在の表現の文法を説明するなど、難解な文法の門にいつしか導く、文字通りの導入、入門となっている。「ダモクレスの剣」の逸話をもとに不定詞構文の説明に入るところなど、かなり高度な文法知識も提供している。

 このように楽しみながらラテン語に触れ、少しでも教養をものにすることの実感が得られればしめたものだ。


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